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ゆうき あきや
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厚揚げ衣
20
なんたろ
1
いちご@ホロオタ×ぴちりす
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第51話(第2部完):納税者の果てなき戦い〜インボイスの壁と、笑う四十歳〜
「……ひゃく、ろくまん、よんせん……」
五月上旬。
雪解け水が十勝川を潤し、帯広市にもようやく本格的な春が訪れていた。
四畳半のボロアパート。その中心に鎮座する三十一万八千五百円のゲーミングPCのモニターには、昨夜の『3D化発表(借金)配信』の強烈な余波が、無慈悲な数字となって刻み込まれていた。
「たった一晩で……約百万円のスパチャ、だと……?」
俺は、自分の震える両手を見つめた。
スタプロのスタジオでの3D化。そのために必要な自己負担額、二百五十万円。
「金が足りねえ!」と俺が泣き叫んだ結果、アリス騎士団と俺の常連リスナー(保護者)たちは、「おっさんの3Dを見るためなら安いもんだ!」と、狂ったような勢いで赤スパの雨を降らせたのだ。
手数料を引かれても、口座の残高は確実に回復しつつある。
このペースなら、数ヶ月の配信と案件をこなせば、間違いなく二百五十万の3D化費用は捻出できるだろう。
俺のペラペラなアバターが、ついに仮想空間で全身を使って動き回り、トップアイドルと並び立つ日が来るのだ。
だが。
四十歳にして初めて夢を掴もうとしている俺の脳裏には、同時に『ある恐ろしい計算式』が浮かび上がっていた。
「……待てよ。昨日のスパチャと、これからの配信の収益。それに、大福食品からの案件報酬を全部足したら……」
俺は引き出しから、市役所の鬼教官(鈴木さん)に叩き込まれた際に使ったマイ電卓を取り出し、カタカタと狂ったようにボタンを叩き始めた。
「去年の売上が、約五百万。そして今年の売上は、この3D化バブルのせいで……すでに八百万を突破している。さらにここから、二百五十万を稼ぎ出さなきゃならないとすると……」
『ターンッ!』
エンターキー(=)を力強く叩き込む。
液晶画面に表示された数字は、この日本国において、個人事業主が『絶対に越えてはならない一線』を、軽々と突破していた。
「1,000万円……オーバー」
俺の口から、魂の抜けたような声が漏れた。
「いっせんまん……。売上、一千万の壁。それを越えるってことは……つまり」
俺は電卓を放り投げ、頭を抱えて畳の上をのたうち回った。
「来々年から! 俺が『消費税の課税事業者』になるってことじゃねえかァァァ!!!」
帯広の朝空に、絶望の叫びが響き渡る。
消費税。
それは、売上が一千万円以下の零細事業者は免除されている、いわゆる『免税特権』だ。しかし、一千万円を1円でも超えた瞬間、その特権は剥奪され、容赦なく「預かった消費税」を国に納める義務が発生する。
さらに追い打ちをかけるように、現代のフリーランスを恐怖のどん底に陥れる最凶のシステム『インボイス制度』への登録も余儀なくされる。
帳簿の手間は倍増し、税率は跳ね上がり、確定申告の難易度はルビコン川を渡る。
「あああああ! 冗談じゃねえ!! 今年の八十四万の所得税で死にかけてんのに、ここにさらに数十万の消費税が乗っかってくるのかよ!! 国民を殺す気か国税庁ォォォ!!」
俺は畳をバンバンと叩きながら、喚き散らした。
3D化という夢を叶えるためには、一千万の壁をブチ破らなければならない。だが、壁を破れば、インボイスという名の魔王が待っている。
どっちに転んでも、俺の首は絞まるのだ。
「……クソッ。なんだよ、このふざけたゲームは」
俺は仰向けに寝転がり、シミだらけのアパートの天井を見上げた。
コールセンターで胃に穴を開け、ケースワーカーの鈴木さんに怯えながら、スーパーの見切り品のモヤシで命を繋いでいたあの頃。
税金の心配なんて、1ミリもしたことがなかった。ただ「明日の飯」と「他人の目」だけが怖かった。
それがどうだ。
今は、全国に数万人の俺を待ってくれている奴らがいて。
俺が「金が足りねえ!」と泣き叫べば、腹を抱えて笑いながら、俺の背中を札束で引っぱたいてくれる狂った共犯者たちがいる。
「……また、金がかかる。また、死に物狂いで稼がなきゃならねえ」
俺は、誰もいない四畳半の部屋で、一人ぼっちだ。
「確定申告の悪夢を乗り越えて、やっと身軽になれたと思ったのによ。……資本主義ってやつは、本当に休ませてくれねえな」
そう口では不満を漏らしながらも。
俺は、自分自身の顔が、どうしようもなく『笑っている』ことに気がついていた。
「へへっ……あはははっ!」
自然と、笑い声が溢れ出してくる。
怖い。税金は死ぬほど怖いし、事務作業は吐き気がする。
だけど、それ以上に。俺は今、四十年の人生で一番『生きている』実感に満ち溢れていた。
俺は跳ね起きると、七色に光る三十一万八千五百円のゲーミングPCの前に座り、勢いよく電源を入れた。
今日という新たな戦い(配信)を始めるために。
「上等だ、日本国政府!! 俺から取れるもんなら取ってみやがれ!!」
俺はマイクを引っ掴み、カメラに向かって、最高に不敵な(そして傍から見れば最高に情けない)笑みを浮かべた。
「おいお前ら! 準備はいいか!! 俺は決めたぞ! スタプロのスタジオで、3Dの肉体を手に入れて、あの星乃宮アリスと並び立ってやる! そのためなら、一千万の壁だろうがインボイスだろうが、全部ブチ破ってやるよ!!」
誰もいない部屋で、しかし確実に画面の向こうにいる何万人もの「保護者」たちに向けて、俺は高らかに宣言した。
「だから! お前らも覚悟しろ! 俺が消費税払えなくて破産しそうになったら、お前らの財布の底が抜けるまで絞り尽くしてやるからな!! 俺をインボイスの地獄に道連れにした責任、キッチリ取らせてやる!! さあ、無限納税ループ・第3章の幕開けだァァァ!!!」
俺の雄叫びと共に、配信開始のボタンが叩き込まれる。
瞬く間に集まってきたリスナーたちの『うおおおお!』という歓声と、極彩色のスパチャの雨が、俺のモニターを明るく照らし出した。
四十歳、元生活保護、ミリオンVTuber。
ルシフェルの「税金」と「夢」を懸けた果てなき戦いは、ここからさらに、一段上のカオスへと突入していく。
(第2部・完)
コメント
1件
リオンです。第51話、第2部完お疲れさまでした! 「夢」と「税金」という現実の重みが絶妙に交差する、まさにこの作品らしい最終回でしたね。一晩で百万円のスパチャ、そして「一千万の壁」と「インボイス」という魔王——売上と税務の仕組みが物語の原動力になる構成、とても好きです。 「笑いながら叫ぶ」主人公の姿に、生きる実感とカオスが混ざり合っていて、読んでいてこっちまで不思議な高揚感が湧いてきました。第3部への期待が爆上がりです。ゆうきさん、素晴らしい第2部をありがとうございます!