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研磨ぁ!独占欲がつっよいねぇ
「……愛姫のスマホ、さっきからずっと通知が止まらないよね。他校の男子、部活の先輩、知らないアカウント。……桜みたいに、寄ってたかって君を汚そうとする不純物(バグ)が、多すぎる。不快なんだけど。」
「なんで、それを……。私、誰にも言ってないのに……っ」
「……なんでって。……愛姫の世界は、全部僕が管理(デバッグ)してるから。……パスワード変えても無駄だよ。……君が誰と話し、何を検索し、今何回瞬きしたか。……全部、僕の端末にログが残ってる」
profile
双葉 愛姫 フタバ アキ
2年2組
like ちょこれーと
but 不安
孤爪 研磨 コヅメ ケンマ
2年3組
like アップルパイ
デジタルの鎖_Start
窓の外では、暴力的なまでの春が吹き荒れていた。
校庭に整然と並ぶ桜の木々は、満開という絶頂を過ぎ、風が吹くたびに、まるで誰かの最期を弔うように大量の薄紅色の花びらを宙に撒き散らしている。その光景は美しくもあり、同時に、一度散れば二度と枝には戻れないという残酷な「終わり」を予感させた。
放課後の図書室。その最奥、背の高い本棚が迷宮のように入り組み、埃っぽい紙の匂いと、微かな電子音だけが支配する「死角」は、外界の喧騒から切り離された、まるでバグのないプログラムの中のような静寂に包まれていた。
「……ねぇ、愛姫。また外見てる。……そんなに、あの散っていく花びらが気になる?」
背後から、低く、極限まで抑揚を削ぎ落とした声が、私の剥き出しの鼓膜をじりじりとなぞる。
振り返らなくてもわかる。ポータブルゲーム機を握りしめ、淡い光を顔に反射させながら、その実、一度も画面上のキャラクターを操作していない――孤爪研磨先輩だ。
「あ……、研磨先輩。……はい。散っていくのが、なんだか勿体なくて。あんなに綺麗なのに、一瞬でいなくなっちゃうから」
私が寂しげに、自分でも気づかないほど儚い微笑みを浮かべると、研磨先輩はゲーム機の電源を無造作に切り、音もなく立ち上がって私の真隣に立った。
彼からはいつも、微かな電子機器の排熱のような匂いと、春の陽だまりのような、どこか思考を鈍らせる甘く重い香りがする。
「……僕は、散るくらいなら、最初から咲かなきゃいいのに、って思うけど。維持コストがかかるだけで、無意味だよ」
研磨先輩の、長く細い白い指先が、私の頬にそっと触れた。
ひんやりとした指先。それは、春の暖かさとは無縁の、冷徹なまでの静けさを纏っている。彼の瞳は、私という個体をデータとして解析しているかのように、鋭く、けれど深く淀んでいた。
「散るのが嫌なら、……一生、そのままにしてあげようか? 誰も触れられないように、標本にして、僕だけのフォルダに閉じ込めてあげる」
「え……?」
「……愛姫のスマホ、さっきからずっとバイブ鳴ってるよね。他校の男子、部活の先輩、知らないアカウント。……桜みたいに、寄ってたかって君を汚そうとする不純物(バグ)が、多すぎる。……見てるだけで、アンインストールしたくなるくらい、不快なんだけど」
心臓がドクン、と嫌な音を立てて脈動を速めた。
スマホの通知。それは確かに、最近異常なほど増えていた。けれど、私は誰にも、一番信頼してこの図書室で隣に座り続けてきた研磨先輩にさえも、その執拗で不快な連絡の話は、一度もしたことがないはずだ。
「なんで、それを……。私、スマホは鞄の奥に入れてるのに……っ」
「……なんでって。……愛姫の世界は、全部僕が管理(デバッグ)してるからだよ。……パスワードを誕生日に変えても、指紋を登録し直しても無駄。……君が誰と話し、何を検索し、今何に怯えて、何回瞬きしたか。……全部、僕の端末(ここ)にリアルタイムでログが残ってる」
研磨先輩は、ジャージのポケットから自分のスマホを取り出し、私の目の前に掲げた。
画面には、私の現在の心拍数、GPSの現在地、そして――一時間前に私が「怖い」と思って、震える指で削除したはずの、他校の生徒からの執拗なメッセージが、復元された状態で、逃げ場のない文字の羅列となって表示されていた。
「っ……、研磨、先輩……っ。……これ、盗聴とか、……監視、してるんですか……? 私の、プライバシーは……っ」
「……監視? 心外だな。……僕はただ、君という唯一無二のコンテンツを守りたいだけ。外の世界はバグだらけで、君には有害すぎるから。……ねぇ、愛姫。君も分かってるでしょ? あの男たち、君の心なんて見てないよ。散る前の花びらを、面白半分で千切って、泥にまみれさせようとしてるだけ」
研磨先輩の手が、私の喉元をゆっくりとなぞる。
力を込めているわけではない。けれど、指先一つで私のネットワークを、居場所を、そして社会的な命さえも「切断(オフライン)」できるという、絶対的な支配の誇示。
「……怖い? ……いいよ、そうやって怯えてる愛姫も、散り際の桜みたいで綺麗。……でもね、桜は散ったら終わりだけど。……僕の箱庭に入れば、君は一生、散らずに僕の隣で、最も美しい瞬間のまま咲き続けられるんだよ。セーブデータは、全部僕が持ってる」
外では突風が吹き荒れ、桜が地面を、まるで雪のように真っ白に染め上げていく。
けれど、この図書室の死角で、私は彼という名の「出口のないシステム」に、じわじわと、けれど確実に、ハッキング(侵食)されていくのを、逃れられない快感と共に感じていた。
「……ねぇ、愛姫。……もうすぐ、春が終わるね。……でも、君の春は、今日から僕の部屋で、永遠に、二人きりで続くんだよ」
彼が不敵に、濁った三白眼を細めた瞬間、私の手元のスマホに一通の通知が届いた。
――『全アクセス権限を承認しました。ユーザー「Kenma」への所有権を移譲します。』。
それが、私の「自由」という名の日常が、音を立ててバグ(崩壊)を起こし、彼の完璧な箱庭にログインした、最初の合図だった。