「そもそも私の不注意でぶつかっちゃったので、それは申し訳ないと思っています。ウザイって思われるかもしれないけど、ほっとけなくて。おにぎり、食べられそうなら、食べてください。もう開けちゃったし」
はいっと彼にもう一度渡すと、彼はパクっと一口食べてくれた。
「美味い」
「良かった!」
彼がおにぎりをゆっくり食べるのを見守っていると
「ここまでお節介な女の人、初めてかも」
彼の口角が少し上がった。
「すみませんね、お節介で」
彼が私の方を向いてくれ、目が合う。
あっ、カッコ良い。
顔色はまだ悪いけど、よく見たら整った顔立ちをしている。
モテるんじゃないのかな?
彼女とか普通にいそうだけど。
そんな風に思っていたら
「俺さ、ホストなんだ」
ふぅと彼は息を吐いた。
「えっ?」
ホストさんなんだ。
自分のことを話してくれて、なんだか心を開いてくれたみだいで嬉しい。
「スカウトされてこの業界入ったけど、全然売れなくて。毎日ヘルプ担当で酒ばっかり飲んでる。辞めようか悩んでいるけど、まともな転職先なんてすぐ見つからないだろうし……って、自問自答の毎日でさ。年が離れている弟がいて、そいつが大学卒業するまではなんとか金をって思ってるけど。上手くいかない……って、なんであなたにそんな話してるんだろうな」
「って、なんで泣いてんの!?」
彼の話を聞いて、私は気づかないうちに涙が出ていた。
「食べられないほどお金がないのは、ギャンブルとかそんな理由だと勝手に思っちゃったから」
「おい……。失礼だな」
「良いお兄ちゃんだなって。私なんて恵まれているのか、本当に普通の生活だし、苦労だってしてない方だと思う。カッコいいから、あなたなら人気になれるよ!大丈夫!よくホストさんって、お店の看板に写真とか大きく載っているけど、あんな風になれるよ」
「ホントかよ。なんか適当だな。ていうか、ホストの仕事、バカにしないの?他に転職しろとか、仕事見つけろとか」
「ホストさんの仕事って確かにイメージが悪いところもあるし、私も行ったことがないからわからないけど。でも女の子に夢を与える仕事でしょ?需要がなかったら、そもそもそんな仕事はないわけだから。だから否定はしないよ」
「そっか」
時計を見ると、完全に遅刻をしなければいけない時間になっていた。
やばい。とりあえす、会社に電話しなきゃ。
「はい、これっ!」
コンビニで買った残りの飲み物と食べ物を渡す。
「えっ?」
「お兄さんが人気になるための投資!安いかもしれないけど。とりあえず、無理しないで頑張って」
立ち上がり、バイバイと彼に告げた。
「ちょっ!ねぇ、名前、なんて言うの?」
「葵だよ。あなたは?」
「|瑞希《みずき》」
「瑞希くんなら大丈夫!」
私は瑞希くんと強引に握手した。
「将来は人気になって、私なんかと話してくれなくなるかもしれないから。今のうちに有名になる人と握手しとく!」
「なっ……」
「またね!」
私は、瑞希くんに手を振りその場を離れた。
・・・ーー・・・
「またねって。どこで会うんだよ」
葵と握手した手を握りしめる。微かに香水の匂いがした。
「良い匂い」
どこかでまた、彼女と会えるんだろうか。
葵のうしろ姿が何年経っても忘れられなかった。
「流星!今日は出勤早いね。ねぇねぇ、それでさ。昨日はどうだった?」
店に出勤すると、春人がテンション高めに話しかけてきた。
「ああ、昨日はありがとう。助かったよ」
葵の|華《友人》を引きとめてくれたおかげで、自然と二人きりになれて、葵の家まで行くことができた。
葵からすれば、自然じゃないかもしれない。俺の行動は強引に感じたかもしれないけど。
「春人は|華《あの子》どうしたんだよ」
「普通にラストまで相手して、タクシーまで送って別れたよ。俺、ああいう子タイプじゃないし。んで、昨日の流星のお客さんをサポートしてたのが歩夢だから、感謝してよね。同伴で来た女の子怒ってたよ。私の誕生日なのにって」
ああ、そうだった。
とりあえずあとで連絡はしておいたけど。
怒るよな。
「悪い。ありがとう。今度、春人と歩夢に奢るから」
ライバルでもあるけど、この二人だから頼ることができた。他の奴には相談もできない。
「それは楽しみにしてるけど。で、昨日送って行った子、どんな関係なの?知り合いって学生の時とか?」
「いや、違う」
学生の時の友達と説明できれば、簡単なんだけどな。
「話すって約束したじゃん?教えてよ」
「ん、わかった。なんか春人、俺の話を聞いたらバカにしそうだから嫌なんだけど」
そんな漫画みたいな話があるのかって言ってきそうだな、こいつ。
「流星のことバカにするわけないじゃん。自分のお客さんもあんまり相手できなかったんだからな。昨日あんなに頑張ったんだから教えてよ!」
相手によっては、一日機嫌を損ねただけでお店に来てくれなくなることもあるから、春人と歩夢には迷惑かけたよな。
「わかった。|あの子《葵》は……」
春人に一通り話をした。
葵と出会った時のこと、昨日家まで送って行った後のこと。
葵に手を出したなんて言えなくて、二人で酔って帰って《《普通に》》寝たってことにしたけど。
「えー!何それ!?駅で助けられた!?そんな少女漫画みたいな話ある?」
やっぱり言うと思った。
「でも、かわいそう。最後の流星のフラれ方。流星、本当はお店で今一番人気なのにね。お客さんにはオープンに言えないけど。そんな流星が簡単にフラれるって……」
春人が泣き真似をする。
「はぁ!?フラれてない」
春人の容赦ない言い方にイラっとした。
「いや、流星の話通りなら、完全フラれてるじゃん。あんなに女の子の扱い上手なのに、そこは気付かないの?」
自分でもわかってる。認めたくないだけだ。
葵は知らないけど、一年前くらいに駅で葵を見かけた。
話しかけようか悩んでいたら、隣に男がいるのが見えて。声をかけることができなかった。
きっとその時の男は、葵が言っていた元彼なんだと思う。
当時は幸せそうに歩いていたけどな。
もう一度会えたらって、葵のことを思い出すことは何度もあった。
一年前は幸せそうな顔だったから、葵が幸せならそれでいいって思ってたけど、今は違う。
「俺は諦めない」
「えっ。本気で?」
「ああ」
春人には宣言したものの……。
葵をお客さんとして店に誘う気はない。
俺の今の仕事を考えたら、彼氏にしてくれと言うのは難しい。
そもそも信じてくれないかもしれない。
今の仕事を続けながら、彼女のことを大切にできるかと問われたら、正直自信がない。
俺にはいつだって女性の影が付きまとうし、葵に悲しい思いはさせたくない。
かと言って再び会えた今、他の男に盗られたくない。
気持ちは矛盾している。
俺は、どうしたらいいのだろう。
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続き楽しみにしてます!🫶