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その時、携帯から着信音が聞こえて画面を確認する。
画面を見ると、樹の名前が。
今のこの気持ちのまま、携帯に名前が表示されるだけで、胸が高鳴った。
「もしもし・・」
『もしもし。・・・透子?』
「・・・樹? 」
『オレも・・透子に会いたい』
さっき樹に送ったメッセージと同じ言葉を樹が伝える。
やっぱりそんなたった一言だけでも、こんなに胸がドキドキして、なぜか嬉しくて泣きそうになる。
「樹・・・会いたい・・」
今はただ樹が恋しくて、ただ樹に会いたい。
樹の声を聞いて、こみあげるこの高鳴る感情も、目頭が熱くなってこみあげてくるこの涙も、全部樹への想いが溢れている証拠だ。
『透子・・今どこ?』
「会社」
『今から抜けられる?』
「えっ? あっ、うん。今特に誰もいないし自分一人で仕事してるだけだから大丈夫だけど・・・。樹こそ、今大丈夫なの?」
『さっきまで会議してたんだけどもう終わった。この後、会食あったんだけど急遽無くなって。だから今はオレも大丈夫』
「ビックリした・・」
『ん? 何が?』
「樹から電話かかってくるとは思ってなかったから」
『こっちこそビックリした』
「え?」
『会いたい、とか送ってくるから』
「あ、あぁ・・うん・・」
『だから嬉しくてさ。オレも今すぐ透子に会いたくて、透子の声が聞きたくなって電話した』
「うん・・。私も・・樹の声聞けて、嬉しい」
『今からいつもの会議室来れる?』
「うん。今からすぐ行く」
『待ってる』
電話を切って、今作業していた仕事を切り上げ、すぐに会議室へ向かう。
出会った頃に、いつも会っていたあの会議室。
あの会議室に行くことも随分久々のような気がする。
たまに普通に仕事で使うけど、やっぱり自分はあの時二人で過ごした時間を想い出してしまう。
最初は樹がどんな人物かわからなくて、不安になりながら行ってた会議室。
だけど、いつからかいつの間にか、あの会議室で待ち合わせして、樹と会うことが楽しみになっていた自分がいて。
何度もこの会議室で樹にドキドキさせられてたっけ。
今ではそんな些細なやり取りも、ドキドキするやり取りも、すべてが懐かしくて恋しくて愛しい。
毎週同じ時間に待ち合わせして一緒に過ごす、仕事という名の秘密の二人だけの会社での時間。
ただ一緒に同じ所を目指して、同じ所を見て、同じ時間を過ごせた、普通だけど普通じゃない特別な時間。
ただ当たり前に出来てたことが、例えただそれが仕事だったとしても、私はそれだけで、樹と一緒に同じ時間を過ごせていたことが、何よりも特別で幸せだった。
なんてことないただの会議室。
だけど、今となれば、その会議室は二人にとっての特別で大切な場所。
急いで会議室に向かって中に入るも、樹はまだ来てなかった。
樹がまだいないことに一瞬不安を感じつつ、ドキドキしている鼓動を静める。
一人で待つ会議室。
この会議室ってこんなに広かったっけ。
あの時は感じなかった感情にまたここで初めて気付く。
お互いの関係性が変わって、状況が変わって、想い合う感情も変わって、少しずついろんなことが変わった。
それだけでこの会議室の雰囲気も、こんなに変わるものだろうか。
樹を待つ会議室がこんなに寂しく感じるのは初めてだ。
そしてこんなにも樹を心待ちにしているのも初めてだ。
なんとなく、樹とここでこんな風に過ごすのは最後のような気がして。
この胸のドキドキも、嬉しさからなのか、緊張からなのか、それとも不安からなのか・・・自分でもよくわからないけれど。
だけど、それから数分経っても樹は来なくて。
このまま会えずに離れてしまうかもしれない不安が何度か頭をよぎる。
どんどん立場と状況が変わってしまった樹と私は、こんな風にすれ違って離れていってしまうのかもしれない。
だけど、まだ樹への想いを捨てきれない私は未練いっぱいで、ただ待ち続けてしまう。
だけど本当に離れてしまったら、きっとこんな風に樹のことをただ待つことも、樹のことをずっと考えて想うことも、今みたいに出来なくなるから。
そっか。そうなっちゃったら、こんな当たり前すぎることも出来なくなるんだ。
いや、それも許されなくなっちゃうんだ。
そっか。やっぱそれは寂しいな・・・。
樹のことをそっと想い続けることだけでも許されないのかな・・・。
そんな風に考えるだけで、胸がギュッと締め付けられる。
やだなぁ・・やっぱり樹のこと忘れるなんてしたくないな・・・。
二人の今までの時間も想い出も、こんなに胸の中では濃くて鮮やかに輝いてて、どんな樹も鮮明に憶えているのに・・・。