「ごめん・・! 遅くなった!」
樹との時間を想い出して浸っていると、ようやく本物の樹がドアを開けて現れた。
「よかった。来てくれて」
「ここ来ようとしたら急用だって呼び止められてなかなか終わらなかった・・!透子帰っちゃうかと思ってマジ焦った」
「大丈夫だよ。帰んないよ」
待ってる間の時間でまた樹への想いが強くなってしまったなんてことは言えないけど。
そしてやっぱりこうやって目の前にいてくれるだけで、こんなにも嬉しく感じる。
「透子・・」
樹はそっと名前を呼んで、静かに近づいてきてそっと優しく私を抱き締めた。
「樹・・・」
そのまま何も言わず抱き締める樹。
だけど、それだけで温かくて優しくて愛しくて。
樹の想いもこの腕から伝わって来る。
そして同じように私も樹をそっと抱き締め返す。
この回した腕から感じられる広い逞しい背中を忘れないように。
この抱き締め合って感じられる温もりをまた想い出せるように。
何も言わなくても感じ合うお互いのこの愛しさをずっと憶えていられるように。
このまま・・時間が止まってしまえばいいのに。
もう離れなくてもいいように、このままずっとこうしていられればいいのに。
多分お互い言いたいことも聞きたいことも確かめたいことも、きっとあるはずだけど。
でもどことなくまだそれをお互い言葉にしたくない気がして。
どれくらいそうしてただろう。
しばらくして樹からその抱き締めた腕を緩めて、私の肩に手を置いて。
「よし。じゃ、話そっか」
私の顔を見て優しくそう告げた。
「うん」
「座ろっか」
そう樹が言って、この会議室ではいつもなら向かい合わせで座っていたけど、初めて隣同士並んで座った。
この方が樹の傍にいれる。
だけど、多分今からする話は、お互いの顔を見ながら話さない方が良さそうだからちょうどいい。
「神崎さんから聞いた。二人でいろいろ話したって」
「あっ、うん。神崎さんと初めてあんなに喋ったけど、ホント樹のことすごく支えてくれてる人なんだなって、実際話してみてわかった」
「うん。神崎さんはいつでもオレのことホント親身になっていつでも支えてくれて助けてくれるんだよね」
「なんか安心した。神崎さんが樹の傍にいてくれてるなら心配しなくて大丈夫だなって思った」
「なんの心配・・・? 透子はオレの傍にいてくれないの?」
ほら、こうやって私に促す。
そしてそんな風にそんな目で隣で見つめながら言うの、ズルい。
「わかってるくせに・・・。それを樹が言うの・・?」
傍にいたい。
だけど傍にいれない。
「だよね・・・」
さすがに今回ばかりは樹もいつもと違う反応。
そしてそのままお互いなかなか核心に迫れずに沈黙が続く。
今までこんなに沈黙が続いたこともなかったのに。
「麻弥に・・・別れてほしいって言われたんでしょ?」
すると、ようやく樹が言葉にした。
「うん・・・」
「ごめん。麻弥がそこまですると思ってなかった。透子にツラい思いさせたよね」
「なんで樹が謝んの。別に樹が悪いワケじゃないでしょ。いつかは知らなきゃいけないことだろうし」
「会社さ。オレだと今のままだとどうやら頼りないらしくてさ。このままだと今いる役員も取引先もどんどん去って行きそうな勢いなんだよね」
「樹はちゃんと今まで結果出してきたのに・・理不尽だよね」
「結局今まで親父がどれだけこれまで人脈を作り続けてきて、その存在自体が偉大なのかって思い知らされた」
「確かに、それはあるかもしれないけど・・でも樹は樹で、だからこそ頑張ってるんだし」
「結局は親父を信頼して皆ついてきてるんだよね。親父だから皆信じてきて、ここまでの会社になった。それがいざ親父がなかなか戻れないってなるとさ、この先不安になるんだろうね。結局親父じゃなきゃダメって人もきっといてさ。オレにはこの会社は任せられないって、結局親父と同じこと言うんだよ」
「でも、今は樹がこの会社を支えてるんだよ? 社長だって樹の頑張りわかってるはず」
「どうかな・・・。結局あの人も結果や形なんだよね。オレが今までこの会社でやってきたことなんてさ、あの人にとっちゃ大したレベルじゃないし、結局は認める気もないんだよね」
「だからじゃない? 今、社長も樹がどこまでやるか見極めようとしてて認めるきっかけを待ってるんじゃないかな」
「でも親父にしたらさ、自分の身体のことも考えるとあまり待てないから、麻弥との結婚で形を出そうとしている。昔から親父もそれが望みだったんだよね。オレが親父のレベルまで辿り着けないなら、せめて結婚してこの会社を大きくしろって」
「でもそれだけが社長の望みとは思えないような気もするけど」
「親父は絶対この会社だけは潰したくないし、他の人の手にも渡したくないんだよね。自分が一から作り上げてきた会社だし。だからオレが結果出す前に、この会社を守りたくて早めようとしてるんだと思う」
「ちゃんとわかってんじゃん」
「えっ・・?」
「なんだかんだ言ってさ、結局父親としての社長の気持ち、樹は理解してる。だから樹はそうありたいと願ってる、自分を認めてほしいって思ってる」
「それは・・・」
「だから、それでいいんだよ。樹は社長に認められる為にずっと頑張って来た。決して社長も樹を信じてないから結婚させるんじゃないと思う。樹に可能性を感じてるから、これからこの会社を任せる為に、樹にもっと広い世界を見てほしいんじゃないのかな」
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