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画面に触れようとする指が、心なしか震えているような気がした。



『電話に出る』へ指をスライドし、スマホを耳に当てる。



「もしもし」と思ったより小さな声が出たが、返事は返ってこない。



「……もしもし」



ややあって聞こえてきた原田の声は、いつもの明るさや元気さはなかった。



「ごめん、連絡したいことがあって。今大丈夫?」



俺の問いに原田は返事をしない。



……しっかりしないと。



怖くて逃げてくなる自分を無理やり奮い立たせる。



今まで原田にまっすぐぶつかることを避けてきた。



でもここで頑張らなきゃ、俺は若菜と一緒に前に進めない。



「……ごめん。俺、原田に謝らないといけないことがあるんだ」



言って自分の中に散らばりそうになる勇気をかき集め続けた。



「俺、原田に嘘をついてた。……いや、嘘をついているっていうつもりがあったわけじゃないけど、はぐらかしてきた。俺が若菜をどう思ってるか言いたくなかった。俺と若菜の間に、だれも入ってきてほしくなかったから」



原田の意識がわずかに俺に向いたような気配がして、そのぶん緊張が強くなる。



「俺、原田に前、若菜のこといいなって思ってるか聞かれた時、そんなふうに思ってないって言ってた。でもそれは、若菜はそういう言葉で表せなかったからで……」



俺にとっての若菜、を考えると、胸が苦しくなる。



……あぁ、今頃あいつは俺を心配しているかもしれない。



夕方送ったメッセージに返事はないけど、俺のことを気にしているのはわかる。



「若菜が大事だし、俺たちの関係は特別だと思ってるから、だれにも間に入ってきてほしくなくて……ああ言った。大切すぎて意識していなかったけど、若菜のことがずっと前から好きだったんだ」




心臓がドクドク音を立てて、胸のあたりが熱い。



「……本当に、ずっとずっと、前から、そうなんだ。それを原田に言えてなかった。……ごめん」


話しながら、いつの間にか起き上がってベッドの上に座り直していた。



相手が見えていないとわかっていても、自然とスマホを耳に当てたまま頭を下げる。



“ごめん”



俺が原田に言える、唯一で絶対の言葉が、それだった。



複雑な感情が頭と心の中で渦巻いて、たくさんあることだけははっきりしている。



でもすべてひも解けば、残るのは“ごめん”だった。



原田は黙っていた。



相手がなにか言おうとしているのを感じるものの、言葉は出てこず、沈黙が流れる。



「……言いたいことはいろいろある気もするし、ぜんぜん話したくないような気もする。……正直、清水と話すかどうか迷ってた。話したいと思わなかったから」



その言葉が耳に入り、なんとも言えない苦しさが襲ってくる。



それは言葉そのものの鋭さと同時に、原田からほんのわずかな笑みを感じたからだ。



自嘲か、諦めか、寂寞か、あるいはその全てが混ざったものか。



そんな空気が、受話器を通して俺の中に流れこんできた。



「多田さんと、すこし前に電話したよ。清水と付き合うことになったって、多田さんから聞いた。…………彼女にも謝られた。ごめんなさいって。あと、うちのこと心配してくれて手助けしてくれて、本当にありがとうって」



聞きながら、若菜と原田が話しているところが頭に浮んでくる。



「俺……その時多田さんに言ったんだ。「気にしないで」って。そんなこと……無理だってわかってるのに、そう言った。……多田さんに嫌われたくなかったから。


……“いいやつ”だって、思われておきたかったから」

そう言った時の原田の気持ちと、言われた若菜の気持ちが、ほぼ無意識のうちに同時に自分の中に湧きあがった。



好きな相手に好かれていたい、嫌われたくない、という当たり前で強い気持ちと、自分を大切にしてくれている人を、自分の手で傷つける、息もできなくなるような痛み。



そして俺もそうだ。



今……まさに今。 原田を傷つけている。




「そういうことが……“未練”っていうのかな。今も多田さんに好かれていたいって思ってるし、正直清水と付き合うってことを受け入れられていない」



言葉を切り、原田は短い間を置いた。



「でも……。受け入れられていないけど、仕方ないって思ってる。多田さんがだれと付き合うか……決めるのは多田さんだから」



それはいつしか―――原田に若菜が好きだと言われた時、俺が言った言葉だった。



はっとして、同時に胸がもっと苦しくなる。



「俺は清水みたいに多田さんの近くにいたわけじゃないけど、なんとなく多田さんの中で答えはずっと出ている気がしてた。でも……それに気づかないふりをしていた。多田さんに、自分を選んでほしかったから」



口調は強くないのに、はっきり原田の声が胸に響く。



「そのことを悪いとは思わない。でも……。罪悪感はあったんだ。清水にも、多田さんにも」



うつむいてベッドのシーツばかり見ていた俺は、思わず顔を上げた。



罪悪感って―――。



「再会してふたりで飲んだ時、多田さんを好きだって話して、清水がどう思ってるか知りたかった。好きだと言うだけでも、もし清水が多田さんを好きならそれを言いづらくなるって思ってたし、清水はなんだかんだで優しいから、多田さんを好きでも、俺に言い出せないって思った」



それは原田の言う通りだ。


言いづらくなったし、気持ちにブレーキをかけて、自分は若菜にふさわしくないという理由を見つけがちになった。


でもそれが“悪い”ことだと思わない。


だって……原田はそうするくらい、若菜に自分を見てほしかったんだから。


「……そっか」


やっと絞り出たのはその一言だけだった。原田の気持ちはよくわかる。わかるからこそ、言えることなんてなかった。


「だから、まぁ……。気持ちは複雑だけど、謝ってくれなくてもいいよ。俺も駆け引きしてたし。でも、清水が謝ってくれて、ちょっと気持ちはマシにはなった。あれからもやもやしてたし、苦しかったし」

「……ごめん」

「もういいって。俺が心狭いやつみたいじゃん。まぁ、狭いんだけど、そんなすぐに広くはならないよな」


原田がかすかに笑ったのが気配でわかった。


「嫌だし正直清水のことむかついたし、嫌いになりかけたし、妬ましかったし、連絡先消去したいって思った」

「……うん」

「でも、多田さん抜きにすれば―――好きな人を取り合いなんてしなければ、俺、清水のこと好きだからさ。それがまたむかつくんだけど、それは仕方ないよな」


かすかな笑いを維持したままで、原田が言う。


あいつはいいやつだ。

明るくて、バカで、まっすぐで……いいやつ。


『むかつくけど、仕方ない』


切なくて、苦しくて、申し訳なくて、ありがたくて……俺は熱いものが目に滲んでこぼれそうになるのをこらえようと、洟をすすった。

30歳になっても、ひとりなら。

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