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「え? 清水泣いてる?」
「……泣いてない」
「泣いてよ、そこは。俺結構いいこと言ったじゃん」
「じゃあ……泣く」
ごめん。
ごめん、原田。
「え、ほんとに泣いてるじゃん!もういいって。それより多田さん幸せにして。多田さん、ずっとお前のことが好きだったんだから」
恋のライバルに気をつかわせて、そんなことを言われる俺は、とってもかっこ悪くてダサすぎる。
でもそれが俺で……そんな俺を許して、こんなふうに言ってくれるのが原田なんだ。
目頭でなんとかとどまっていた涙がこぼれた。
一度こぼれると、ぼろぼろとあふれてベッドに丸いしみをつくる。
洟だってすすりたいのにこらえるから、涙なのか鼻水なのかわからないものがたれてくる。
本当、ダサいし、かっこ悪いな、俺。
服でぬぐっても、洟がぐすぐす言うのは止められなくて、「泣くなよ」って原田に呆れながら笑われた。
その声とその声の温かさにまた泣けてくる。
「ありがとう。若菜のこと、大事にする」
「おう。多田さんの望んでいる形で応えろよな。それが身を引く最低限の条件だ」
きっと原田は、若菜が俺に対してやきもきしていたのも、感づいていたんだろう。
若菜に好かれようと、若菜の助けになるようなことを見つけて、実践していたやつだから。
「わかった。お前に言われたこと忘れない」
「おう。じゃあな」
通話はあっさりと終わった。
終わった後、電話を始める前の心の重苦しさは消えていたのは、原田のおかげだ。
洟を思いっきりすすり、涙を拭いてスマホを見た。
着信履歴の一番上に原田がいる。
それを見ながら、「ありがとう」とつぶやいた。
きっと若菜を幸せにする。
そう心に誓いを立てて、ぐしゃぐしゃになった顔を洗った。
原田と話終えた後、若菜とのチャット画面を開いた。
夕方送った、原田と話をするというメッセージは既読になっている。
しかし若菜から返事がないところを見ると、まだ仕事中で落ち着かないのか、それともなんと言っていいのかわからないのか、どちらかだろうか。
『原田と話ができた。電話したい』
メッセージを送ると、しばらくして電話がかかってきた。
「もしもし?」
遠慮がちな声は、俺と原田の間によくないことが起こっていないか心配しているように思える。
「もしもし、お疲れ。今仕事終わった?」
「ううん、今日はもう終わってたんだけど」
言葉を濁す様子から、やっぱり俺たちのことを気にして連絡を控えていたらしい。
「若菜。原田と話をしたよ。原田はわかってくれた。『多田さんを幸せにして』って言ってくれた」
若菜が息をつめたのがわかった。
それからほうっと、安堵の息をついたのも。
「そっか……。原田くん、そう言ってくれたんだ」
嚙みしめるように、若菜はすこし間を置く。
「……私も、すこし前に話をしたの。湊と付き合うって。その時、明るく「わかった」って言ってくれたけど、無理してるのはわかってたから、気になってたんだ」
あいつ、若菜にはそんなふうに接したんだ……。
若菜に気を遣わせないように配慮したんだろう。
本当は死ぬほど苦しかったに違いないのに。
「原田くんの気持ちに応えられないから、どうしようもなかったけど、でも誠心誠意謝った。お父さんの仕事を手伝ってくれてもいるし、力になってくれているから、申し訳なかった。でも原田くん、これからもお父さんがよくなるまで事業を手伝ってくれるって言ってくれて」
「……そうだったんだ」
初耳だ。
俺が異動でいっぱいいっぱいだから、やっぱり若菜はそんな話をしなかったんだろう。
原田も……やっぱりいいやつだ。
振られても、そこは力になってくれるのはありがたい。
さっきあいつと話をしたことが思い出される。
「あいつ、すごいよな」
「……うん」
「若菜やまわりを考えてやれる、優しいやつだよな。そういうとこを自分と比べて卑屈になってたけど、でも、やっと素直にいいやつだって思えた」
「……なにそれ」
若菜がかすかに笑う。
それだけで、心の中がほんのすこし明るくなる。
#異世界
「俺、あいつに言われた。若菜を大事にしろって。それが身を引く最低条件だって」
短い沈黙があった。
若菜が原田のことを考えて、原田の気持ちを考えて、胸が詰まってなにも言えないのが伝わってくる。
「若菜」
「……ん?」
「俺、原田と約束した。大事にするって。若菜にも言ったけど、ほんとにそうする」
そうでなければ本当にダメだ。
若菜は昔から、当たり前に大切で大事な存在だ。
でもあいつの言ったとおり、若菜の望む形で大切にしなければ、原田に誓ったことを守ることにならない。
異動の前に、俺の部屋で若菜に「大切にする」と言った。
あの時本気でそう言ったけど、今もう一度きちんと言いたい。
(あぁ、この話、電話じゃなくて会って話がしたかったな)
「若菜が大事だ」と会って伝えたいのに、それができないのが、すこしだけもどかしい。
となりに住んでいた時なら、「話がしたい」じゃなくて「会って話がしたい」と言えたのに。
そんなことを思っていたから、知らず知らずのうちに会話が途切れていた。
それに気づいて言葉を続けようとした時、若菜が先に口を開く。
「……ねぇ。湊、今、家?」
「え? そうだけど」
「あのね……えっと、」
言いよどむ若菜は、なんとなくもじもじしているような雰囲気が伝わってくる。
「なに? なんだよ」
「実は、私……今〇〇県のターミナル駅にいてね」
「―――はっ!?」
寝転んで電話していた俺は、がばっとベッドから飛び起きた。
「えっ、なに、どういうこと」
冗談かと思うが、若菜がこの手の冗談を言わないから、なおさら混乱する。
「原田くんと電話するってメッセージもらって……気になって。じっとしてられなくて」
「えっ、若菜、今マジでどこ?」
言いながら部屋着を脱ぎ捨て、Tシャツに上着を羽織る。
心臓がやばいくらいドクドクしていて、若菜の声に集中できない。
「えっと、駅の東口?かな。そこにあるコーヒーショップ……」
「10分で行く」
乱暴にスマホを耳から外し、通話もそこそこにアパートを飛び出した。
スマホの時刻表示は23:01。
あいつ、明日仕事じゃねーの。
こんな時間になんで。
思うことはありすぎてまとまらない。
でも、若菜がいる。
若菜が来てる。
思考を埋めるすべてはそれで、ほかのことはもう後まわしだ。
こんなに全速力で走ったのは学生時代ぶりかもしれなかった。
でも学生の時と同じように走っても、思うように走れない。
こんなところで年を取ったと―――もう自分があの頃とは違うと唐突に思い知った。
前に進みたい。早く。早く。
走りついた駅は人もまばらだった。
灯りすらなんとなく寂しい。もう終電を迎えるのみといった風情だ。
(東口のコーヒーショップって言ったよな)
目をやれば、たしかにコーヒーショップはあった。
店先の電気は落ちている。
その前にたたずむ人影を見つけて、思わず声があがった。
「若菜!!」