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朝は、

変わらずやってきた。


目覚ましが鳴って、

カーテンの隙間から光が差して、

世界は何事もなかったように動き出す。


それが、

1番残酷だった。


キッチンに立って、

無意識にマグカップを2つ出しかける。


1つ、

戻す。


その動作が、

もう癖になっていた。


(…いない)


当たり前の事実を、

毎朝、確認する。


お湯を注ぐ音が、

やけに大きく聞こえる。


卵を割る。

フライパンを温める。


2人分を作る必要は、

もうない。


それでも、

手は覚えている。


「…いらない」


声に出して言ってみる。


でも、

部屋は何も答えない。


仕事に行く準備をして、

玄関で靴を履く。


鍵を閉める前、

一瞬だけ、

振り返ってしまう。


誰もいないのに。


外に出ると、

空気が冷たい。


指先が、

すぐに冷える。


最近、

それが前よりも酷くなっていた。


(…ちゃんと、病院行かなきゃ。)


そう思うだけで、

行動には移さない。


行って、

何かを言われるのが、

怖かった。


福祉事務所では、

いつも通り仕事をした。


笑って、

話を聞いて、

必要な言葉を選ぶ。


「…花田さん、顔色、悪いですよ」


同僚に言われて、

笑って誤魔化す。


「…寝不足です」


嘘は、

上手くなった。


昼休み、

食堂で座ると、

急に息が苦しくなる。


胸の奥が、

ぎゅっと縮む。


(…大丈夫)


深呼吸。


何度も、

そう言い聞かせる。


帰り道、

コンビニに寄る。


無意識に、

彼が好きそうだった飲み物を

手に取りかけて、

やめる。


棚に戻す指が、

少し震えた。


夜。


部屋に帰ると、

音がない。


テレビを付ける。


意味もなく。


誰かの声が欲しかった。


ソファに座ると、

急に視界が暗くなる。


「…っ」


床に手をつく。


呼吸が、

浅い。


しばらく、

そのまま動けなかった。


(…限界、近い)


でも、

それを認めるのが、

怖かった。


ベッドに横になる。


天井を見つめる。


彼が寝ていた場所が、

まだ、少しだけ凹んでいる。


(…戻ってくる、って言ってた)


でも、

いつとは言っていない。


約束じゃなかった。


それが、

正しかった。


スマホを手に取る。


メッセージアプリを開いて、

閉じる。


送らない。


送れない。


(…私は、待たないって、決めた)


それでも、

忘れない。


それが、

私の選択だった。


夜中、

目が覚める。


身体が、

やけに重い。


喉が渇く。


起き上がろうとして、

力が入らない。


(…変だ)


壁に手をついて、

ようやく立ち上がる。


鏡を見る。


顔色が、

自分でも分かるほど悪い。


「…明日」


小さく、

自分に言う。


「…明日、病院に行こう」


その言葉が、

部屋に落ちる。


返事は、

ない。


いない日常は、

静かに、

確実に、

私を削っていった。


彼がいないから、

壊れた訳じゃない。


― 元々、

壊れかけていたものが、

隠れなくなっただけ。


それを、

私はまだ、

正面から見ようとしていなかった。



拾った音、選び直す恋

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