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再会は、
思っていたよりも、ずっと静かだった。
仕事帰りの夕方。
空は、昼と夜の境目で、
少しだけ滲んでいる。
信号待ちの列。
コンビニの明かり。
いつも通る道。
― 全部、変わらない。
変わったのは、
私の中だけだった。
交差点の手前で、
ふと足が止まる。
理由は、
分からない。
ただ、
胸の奥が、
小さく鳴った。
顔を上げると、
向こう側の歩道に、
人影があった。
キャップを深く被った男性。
マスク。
サングラス。
一瞬、
視線が合う。
それだけ。
でも、
彼は立ち止まった。
私も、
動けなくなる。
信号が、
赤から青に変わる。
人の流れが、
2人の間を通り過ぎる。
その向こうで、
彼は、
ゆっくりマスクを外した。
「…花田さん」
名前を呼ばれた瞬間、
世界の音が消えた。
「…雪下、さん」
声が、
少し震える。
彼は、
小さく笑った。
あの頃の、
記憶喪失の笑顔じゃない。
全部を知っている人の、
落ち着いた顔。
「…突然で、すみません」
「…いえ」
それしか、
言えなかった。
沈黙が、
落ちる。
でも、
気まずくはない。
空白を、
無理に埋めなくて良い沈黙。
「…元気でしたか」
彼が、
先に聞いた。
「…はい」
少し考えてから、
付け足す。
「…ちゃんと」
「…それ、聞けて良かった」
その言い方が、
優しい。
前みたいに、
近付き過ぎない。
でも、
遠くもない。
「…少し、歩きませんか」
彼が言う。
「この辺、人少ないので」
私は、
一瞬迷ってから、
頷いた。
並んで歩く。
距離は、
傘1つ分くらい。
触れないけど、
触れてもいない。
「…病院で、全部戻りました」
彼は、
歩きながら言った。
「記憶も、現実も」
「…そう、ですか」
「でも」
彼は、
足を止めた。
私も、
止まる。
「最初に思い出したのは」
1泊、置いて。
「…あなたでした」
胸が、
強く鳴る。
でも、
泣かない。
「…それを、言いに来ました」
「…それだけ?」
「…それだけ、じゃない」
彼は、
少しだけ息を吸う。
「思い出したから、会いに来たんじゃない」
その言葉で、
胸の奥が、
静かにほどける。
「忘れても、選んでた」
「…」
「だから今度は、全部知ったまま」
視線が、
真っ直ぐ向けられる。
「もう1度、会いたかった」
私は、
少しだけ笑った。
「…初めまして、ですね」
その言葉に、
彼は驚いて、
それから、
ゆっくり笑った。
「…はい」
小さく、
でも確かに。
「初めまして」
夕方の風が、
2人の間を通る。
同じ匂い。
でも、
同じじゃない。
過去を抱えたまま、
今を選んでいる。
再会は、
静かだった。
でも、
確かだった。
― ここから先は、
奇跡じゃない。
何度でも、
選び直す時間だ。