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ち び
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『はぁー! うまかったぁー、ごちそうさまでした!!』
パスタを綺麗に平らげた彼は、両手を合わせてぺこりと僕に頭を下げる。
いつもこうして本当に美味しそうに残さず食べてくれるから、彼のための料理はいつだって作り甲斐があった。
僕が料理を熱心に勉強するようになったのは、そもそもはやちゃんに何かお礼がしたかったからだ。
僕が彼に返せることなんて、その大きな優しさに比べたらたかが知れている。
だから、せめてもの思いで…
少しでも彼を喜ばせたくて、包丁を握り始めた。
僕が何かを作るたびに、彼は大袈裟なほどに褒めてくれて、それがすごく嬉しくて。
はやちゃんにもっともっと喜んでほしくて、気づけばのめり込んでいた。
僕の料理の腕が上がったのは、間違いなくこの人のおかげだ。
それによくよく考えてみれば、僕ははやちゃん以外の人に料理を作って振る舞ったことなんて一度もない。
しゅんにだって、まだ一度も作ったことがないのだから。
はやちゃんは立ち上がると、僕の分のお皿も一緒にまとめてシンクに運び、手際よく洗ってくれた。
それどころか、台拭きでダイニングテーブルまでピカピカに拭き上げてくれる。
「いつもありがとね」
『こんくらいさせてよ! パスタ、まじで美味かった。いつもありがとうね、柔太朗』
そう言って、はやちゃんは僕の頭をわしゃわしゃと大きな手で乱暴に撫で回した。
はやちゃんにこうして子供扱いされると、自分が随分と小さな存在に思えて、不思議と心が軽くなる。
僕は自分の頭に置かれた彼の手をそっと両手で掴み、その手を観察するようにじっと見つめた。
この手のひらは、どうしてこんなにも、僕の傷ついた心を一瞬で落ち着かせてくれるのだろう。
はやちゃんの手は大きくて、骨張っていて、ゴツゴツとしていて。
僕の華奢な手とは違って、いかにも「大人の男の手」という感じがした。
『どうした? 俺の手なんかじっと見つめて』
「うーん……いや、男の人の手だなって思って」
『当たり前だろ。俺は男なんだから!ふはっ』
そりゃそうだ。
自分で言っておいてなんだが、あほすぎる。
ただ、僕の白くて細い弱々しい手と比べると、同じ男だとは思えないほどにサイズも厚みも違っていて、なんだか不思議だった。
『お前の手は、昔から本当に綺麗だよな〜』
「俺のは…。なんか弱そう」
『え~俺はお前のその手、めちゃくちゃ好きなんだよな〜』
「……こんな貧相な手が?」
『いやいや、繊細な美しさっていうかさ。俺のゴツい手にはないものだから、羨ましいんだよな~』
そう言って、はやちゃんは僕の手を大きな両手で包み込み、壊れ物を扱うように優しく撫でながら微笑んだ。
そのまま僕の手を優しく引いて、僕たちは並んでリビングのソファーへと腰掛けた。
僕はごく自然な動作で、彼の広い肩にコテンと頭を乗せて甘える。
このくらいのスキンシップは、僕とはやちゃんの間ではもう何年も続く当たり前の日常で、今更疑問に思うことすら忘れていた。
僕が何のためらいもなく、無防備に素直に甘えられるのはこの人くらいだったから。
そしてはやちゃんもまた、そんな僕の重い過去を知った上で、いつだって優しく受け入れて、こうして傍にいてくれている。
肩のぬくもりを感じながら、僕はさっきから胸の奥で燻っていた、今の本当の気持ちを静かに打ち明けてみることにした。
「……ねぇ、はやちゃん。俺さ、強くなりたくて」
『おう。強くなるのはいいことだ。……で? なんで急にそう思ったの?』
「いや……なんかね、もっと自分に自信を持ちたいんだよね」
『なるほどね〜』
「うん。俺さ、ほら、色々あったでしょ?」
『うん……、まぁなそうだな…』
はやちゃんの声が、僕の過去を傷いたわるように、静かで優しいものに変わる。
「それでね、もし……もし仮に、俺にとって本当に大切な人ができた時にさ。俺が守られてばかりじゃなくて、俺もその人のことを心の底から幸せにしたいの」
『……うん』
「でも今の僕のままじゃ、不格好な心のせいでその人にばかり負担をかけてしまうんじゃないかって思ってね?もっと言えば……俺のこのドロドロした暗闇に、その太陽みたいな人を引きずり込んでしまうんじゃないかって、それがすごく怖いんだよね…」
『……うん、』
はやちゃんは僕の言葉を急かすことなく、優しい相槌を打ちながら、ただじっと耳を傾けてくれる。
「だから、強くなりたい。自分のことも、この身体の傷のことも全部愛せるくらいに強くなって、その人の隣に自信を持って堂々と立ちたいの」
『そっか。でもそうだよな〜。支えてもらってばかりだと思っちまうと、結局は自分が一番辛くなるんだよなぁ』
「そう! そうなんだよはやちゃん!もちろん何かしてあげたい気持ちはあるんだけど、自分と釣り合わないくらい綺麗な相手を好きになるのって、今の俺にとってはすごく辛いの」
『あー、めっちゃわかるわ…。だから、強くなって自分に自信を持って、堂々とその人を好きだって言えるようになりたい、ってことだろ?』
「……うん、そういうこと。さすがはやちゃん」
僕が肩に頭を乗せたまま小さく笑うと、はやちゃんは少しだけ間を置いて、どこか試すような、けれど全てを見透かしたような低い声で尋ねてきた。
『……で? その、お前が強くなって隣に立ちたいっていう好きな人はさ、……やっぱり、舜太くん?』
「は!? い、いや……っ! そ、そういうわけじゃ……ない、けど……っ」
想定外の固有名詞をピンポイントで突きつけられて、僕は心臓が跳ね上がり、大慌てで彼の肩から頭を離して取り乱した。
『ふはっ! お前ほんと嘘つくの下手くそすぎ!』
「いや、本当にまだそんなんじゃないから!! あくまで、もしもの話をしてるだけ!!」
『……へぇ、まだ、ねぇ?へぇ~』
「まじで違うってば!! …もしもの話!!」
必死に顔を真っ赤にして弁解する僕を見て、はやちゃんはクスクスと笑っている。
でも、……楽しそうに僕をおちょくっているその彼の顔は、何だろう。
笑っているはずなのに、瞳の奥が、ほんの少しだけ寂しそうに揺れているような気がした。
to be continued…..
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