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ち び
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『……なぁ、お前ってさ、男に対する恐怖心とかさ……もう本当に大丈夫なのか? 無理してねぇか?』
急に静かなトーンで問いかけられて、僕は戸惑いながらも、過去と今を比較するように思い出しながら答えた。
「うーん…。確かに、今でもちょっと怖いなって思う瞬間はあるよ? 夜道はいまだに一人で歩くのは怖いし、電車に乗る時もすごい警戒しちゃうし…。あの、男の人特有のねっとりした視線を向けられると、どうしてもね…。……でもね、はやちゃんみたいな優しくて温かい人もいるって知ったから、昔に比べたらだいぶマシにはなったかな」
『そうか……。少しでも前向きに考えられてんならよかった』
「まぁ、一緒に暮らしてた時の俺、本当にすごかったもんなぁ……。過呼吸でガタガタ震えて、今思えば酷すぎだよね。ごめんね、ははっ……」
あの暗闇の地獄から救い出された後、はやちゃんの部屋でカーテンを開ける事すらもできずに、壊れたように怯えていた惨めな自分を思い出し、僕は自虐的にへらっと笑ってみせた。
『おい』
ふいに、はやちゃんの声から低く重い熱が放たれる。
『その顔やめろ。無理に笑うな。あんな酷いことがあれば、誰だってそうなる。当たり前だろ』
「っ、……」
『辛いときは辛いでいいんだよ。俺の前でくらい取り繕った笑顔なんか見せんな』
無意識にしてしまう、心を麻痺させるための僕の癖。
無理に笑う必要なんてない。
辛いときは声を上げて泣けばいい。
この人は、僕が一番ボロボロだったあの日から、ずっとそんな風に僕の弱いところを真っ直ぐに肯定し続けてくれた。
あの事件があってから、僕は男の人に対する恐怖心が尋常じゃないほど強くなり、一時期ははやちゃんと一緒でなければ、外に出かけることすらできなかったのだ。
それどころか、その姿が見えなくなるとどうしようもない不安に襲われて震えていた。
それほど、僕の生活のすべてははやちゃんに守られていた。
「うん…ありがとう、」
僕の言葉に、はやちゃんは優しく微笑んでくれた。
だから僕が少しでも前に進めていることを、ちゃんと伝えようって思ったんだ。
「はやちゃん、あのね?」
隣り合わせに座る勇斗の袖を、僕はそっと引いた。
はやちゃんがいつもの優しい目を向けてくる。
その距離の近さに、言いようのない安心感が胸に広がった。
『ん? どうした、柔太朗』
「……しゅんに、話せたよ。あのこと、」
突然の僕の報告にはやちゃんが驚いた顔で僕を見る。
そりゃ驚くだろうな。
だってあのことは親にすら話したことはなかったから。
「俺、言えたの、全部…。そしたらしゅんね?…俺より傷ついたみたいな顔して、ボロボロ涙流してくれて……。これからは俺がじゅうを守るからって、抱きしめてくれたの…。」
思い出すだけで、胸の奥がじわリと熱くなる。
熱を持った頬を隠すように、僕は膝を抱え込んで顔をうずめた。
「俺さ、嬉しかった……。しゅんが、あんなふうに言ってくれて。拒絶しないでいてくれて…。」
言葉にしなくても自分の顔がどれほど綻んでいるか、自分でもよく分かった。
舜太のことを想うだけで、世界が眩しく変わっていく。
はやちゃんがどんな表情で僕のことを見ているかも気づかないくらい、僕はしゅんのことで頭がいっぱいだった。
少しの沈黙の後、はやちゃんの手が伸びてきて、僕の頭をぽんぽんと愛おしそうに撫でた。
『……そっか。よかったな、柔太朗』
いつもの、聞き慣れた優しい声。
でもその声が、心なしかほんの少しだけ震えている気がして顔を上げた。
けれどはやちゃんはいつも通りの頼れるお兄ちゃんの笑顔を浮かべていた。
『お前が前を向いて、そうやって大切な奴に全部を打ち明けられた。……俺、本当に嬉しいわ』
「うん。はやちゃんがずっと支えてくれたから…。俺、一歩踏み出せたんだよ。本当にありがとう」
僕ははやちゃんに向かって真っ直ぐに笑いかけた。
はやちゃんは「照れるだろ」と苦笑いしながら、少しだけ目を伏せる。
to be continued….
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