コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです。今まさに塹壕に身を隠して『蒼き怪鳥』の戦列歩兵百名を迎え撃とうとしています。この陣地がちゃんと有効であることを心から願います。
「敵が横隊となりました!」
観測手が叫びます。あちらも戦闘態勢ですか。
「まるで軍隊を相手にするみたいだな」
「騎兵が居ないだけマシですよ。戦闘準備!射撃用意!」
皆が盛り土に登り、塹壕から顔と銃を出して狙いをつけます。
「まだです!まだ撃ってはいけませんっ!」
まだまだ!まだ間合いを詰める!射程はこちらの方が遥かに上!
「そういや、俺銃なんて扱ったこと無いんだけど。俺の銃は?」
「ありませんよ、もちろん私も拳銃だけです」
「何でだよ!」
「指揮官が戦うのは最後ですよ。私達は万が一の予備です。もちろんシスターも」
「引き付けて撃つだけです。造作もない」
「距離五百!」
「まだです!二百まで待ちなさい!いや、百五十までです!」
「撃つなよ!シャーリィの指示を待て!」
「距離200!まだですか!?」
「まだです!」
観測手の悲鳴が聞こえますが、今は無視です。第三第四小隊はまだ編成されて間もない。訓練も充分とは言えず、命中率を上げるには引き付けるしかない。
近付くにつれて、太鼓の調べが大きく聞こえ相手の足音が聞こえるような錯覚さえ起きます。
「距離!150です!」
「撃て!」
ダダダーンッ!っと轟音が鳴り響き、二十人が一斉射撃を行います。そして、相手の歩兵が数人バタバタと倒れるのが見えました。
「次弾用意っ!」
号令すると、皆がレバーを操作して次弾を装填します。
「狙えっ!撃てーっ!」
再び轟音が鳴り響き、また数人の敵が倒れました。くっ、精度が思った以上に悪い!
「シャーリィ!相手の指揮官を見なさい!」
シスターの言葉にハッとなって相手を見ると、指揮官がサーベルを振り上げて一斉にマスケット銃を構えているのが見えました。まずいっ!
「伏せなさい!」
「伏せろーっ!」
号令をかけると、私を含めて全員が塹壕の中に頭を隠します。その刹那、相手の指揮官がサーベルを振り降ろすところが見えました。
瞬間、凄まじい轟音と共に敵が一斉射撃。数十発の銃弾が私達の頭上を通過したり、地面を抉ります。あれ、これって。
「構えっ!」
一瞬呆けた私の代わりにシスターが号令をかけてくれました。それに従い皆が一斉に顔を出して構えます。
「撃てっ!」
再び轟音が鳴り響き、また数人の敵がバタバタと倒れます。
これ、いけるかも?
その後も双方数度撃ち合い、此方は犠牲者もなく相手は数十人を失っていました。まさに一方的。
「突撃ーっ!」
埒が明かないと判断したのか、敵が雄叫びを挙げながら一斉に突撃してきました。接近戦は犠牲を出す恐れがあります。ですが。
「よし撃て!」
「放てっ!」
左右から轟音が鳴り響き、敵が十数人バタバタと倒れます。伏せていた右翼左翼の第一第二小隊が一斉射撃を加えてくれました。ナイスショット。
「撃てーっ!」
「一人も近付かせるなーっ!」
私とルイが叫ぶと再び一斉射撃の轟音が鳴り響き、更に敵がバタバタと倒れます。伏兵の存在に混乱した敵は立ち往生。まさに一方的な蹂躙ですね。
十数分後、合計すれば一時間に満たない時間で敵は壊滅。此方は被害もなくそれなりの銃弾を消費したに留まりました。
「技術の差が顕著に現れましたね、一方的です」
「はい、シスター。備えがなければこうなる。他人事ではなく、我が事として教訓にします」
備えがなければ、私達が死体になっていました。それは間違いありません。引き続き新技術を惜しみ無く取り入れて戦力の強化に努めなければいけませんね。
「いや、こんな野戦みたいな戦いを暗黒街でやることになるなんてなぁ」
「確かに、百人で来るとは思いませんでした。ルイ、『蒼き怪鳥』ってそんなに大きな勢力だったんですか?」
「いや、規模からしたら『ターラン商会』以下だぞ」
「何ですって?」
つまり、こんな大部隊を動員できる筈がない…?
…これは、背後が気になりますね。
「お嬢様!生存者です!」
おや、生存者が居ましたか。
「どうする?シャーリィ」
「会いましょう」
兵に案内された場所には、敵の指揮官が倒れていました。四十代くらいのナイスなおじさまです。
「此方です、お嬢様」
「ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです」
「……お嬢さんが指揮官か。若者の時代なのだな」
指揮官さんは神妙にしています。はて、この落ち着きは…。
「失礼ですが、貴方は軍人さんですか?」
「ああ、もとは帝国軍に属していた。今となっては軍を追われたロートルだがね」
ため息混じりに言葉を漏らします。
ふむ、つまり軍を追われて『蒼き怪鳥』に雇われたと。
「おじさま、お名前を伺っても?」
「失礼した、私はマクベスと言う。かつては帝国軍に居たが、近代化の流れで軍を追われた身だよ」
「貴方のようなベテランが?」
「理由があってね」
マクベスさん曰く、急速な近代化によりそれまでの常識は完全に通じなくなった帝国軍では、ベテランの古い考えを更新するよりも新たに作られた仕官学校で若手を育成して改革を行う道を選んだのだとか。
そのためマクベスさんのようなベテランは再教育の機会すら与えられず立場を失い軍を追われたのだとか。
「確かに頭の固い同僚も大勢居たからな、軍の判断は必ずしも間違いとは言えない。だが、私はまだ役に立てる。新しい知識を飲み込むことに抵抗はない。こんな場所で…朽ち果てたくはなかった」
マクベスさんは悔やむように呟きます。うん、決めた。
「手当てを」
「はっ!」
「私を助けるのか、お嬢さん…」
「貴方には変わる意思がある。なら、私の元で変わってその力を役立ててみませんか?」
我が『暁』は近代的な軍隊を模した編成を行っており、訓練にはベルやセレスティンが当たっています。
ですがベルは私の護衛、セレスティンには様々な仕事を任せることがあり片手間となっています。そう、専門の軍人さんが我が『暁』には居ないのです。
「マクベスさん、貴方が望むなら帝国軍と同じ近代的な知識を学ぶ機会を差し上げます。私の大切なものになりませんか?」
「私が裏切る可能性を考えないのかね?」
「裏切るメリットが見当たりませんが?貴方の願いは、今まさに叶えられようとしているのに?」
それでも裏切るなら不思議な人だと逆に感心しますが。
「…そうだな、傷が癒えたら必ずや貴女のお役に立ちましょう。シャーリィお嬢様」
「よろしくお願いしますね、マクベスさん」
気掛かりな点は幾つかありますが、思わぬ拾い物をしてしまいました。これまで問題だった専門の指揮官、訓練担当者を得られたのですから『暁』としてもプラスになりました。
…『蒼き怪鳥』、その背後についてはまたラメルさんを頼ることになりそうです。気にはなりますが、今は手に入れたものをしっかりとものにしないといけません。
『蒼き怪鳥』との戦いを経て、『暁』の躍進の時が迫っていた。