「でも、想ちゃん。あの……ここには――」
――彼女さんがいるんじゃないの?
――いくら事情があるからって女の私が想ちゃん家にお邪魔したら、彼女さんに変な誤解与えるんじゃない?
――きっと、そんなことになったら想ちゃんも、困るよね? 私、そんなの嫌だよ?
言いたいことは山ほどあるのにうまく言葉が纏められなくて、結葉はその先がなかなか続けられない。
偉央となら、ここで偉央が勝手に結葉の気持ちを〝決めつけて〟お終いになるところだ。
だけど、想は無言で結葉がその先を模索するのを待ってくれている。
結葉は想の包み込むような優しさを感じて(ちゃんと話さなきゃ)って思って。
「あ、あのね……想ちゃん。えっと……ここには彼女さんと一緒に住んでいるんじゃ……ない、の?」
とりあえず自分の気持ちは全部一旦保留して、事実確認を最優先することにした。
そんな結葉の質問に、想が一瞬だけ息を呑んだのが分かって。
偉央との生活で、他者――特に若い男性からの反応に過剰なほどに敏感になってしまった結葉は、それがどういう意味を持つのかはかりかねて、何かいけない質問をしてしまったんだろうか?と動悸が激しくなってしまう。
想が、まさか同居の彼女のことを失念していたということはないだろう。
(じゃあ、今のはどういう……?)
ふるふると震える手を誤魔化すように、雪日の入ったトートバッグを持つ手に力を込めたら、想が「そんな不安がるな。大丈夫だから」と言いながら、結葉の腕の中のトートバッグを覗き込んでくる。
「――なぁ、ずっと気になってたんだけどさ。それって……中にいんの、ハムスター?」
急に話を変えられたことに驚いて……。
それでも聞かれるままにコクッと頷いたら、「福助……なわけねぇよな?」と、想が恐る恐る聞いてくる。
想が、もう何年も前に結葉に譲り渡したハムスターの名前を覚えてくれていたことに驚いた結葉だ。
「……うん。福助は……もう死んじゃったの……。伝え損ねてて……ごめんね」
言ったら、福助が旅立った日のことを思い出して、鼻の奥がツン……として涙がじんわりにじんできてしまって。
結葉は慌ててそれを拭い去るように言葉を続けた。
「こっ、この子は……、ちょっと前に主人が連れて帰ってくれた新しい子で……ゆ、雪日って言うの」
想からの質問に返しながら、(想ちゃん。私、さっきの答え、まだ聞いてないよ?)とソワソワした結葉だ。
先ほど質問への答えみたいに返された、「大丈夫だから」は、何に対する「大丈夫」だったのだろう?
思いながら、雪日を眺める想をチラチラと見詰めたら、「あぁ、すまん。結葉からの質問にまだちゃんと答えてなかったな」と気付いてくれて。
コクッと頷く結葉に、「俺しか住んでねぇから大丈夫だ。心配いらねぇよ」と想が微笑んだ。
「大体誰かと同棲してるトコにお前連れてくるとか有り得ねぇだろ?」
言われて、確かにその通りだと納得して。
「でも……だったらどうして――」
想ちゃんも芹ちゃんみたいに実家に戻らなかったの?って聞きそうになって、慌てて口をつぐんだ結葉だ。
そんなの要らないお世話だ。
彼女と住もうが住まなかろうが、普通は一人暮らしを続行するか否かの指標にはならないのだし。
想が相手だと、ついつい喋り過ぎてしまっていけない。
偉央との生活で抑圧され過ぎて、会話に飢えていた分、タガが外れかけているのだろうか。
「ん? 言いかけたこと途中でやめんなよ、結葉。聞きたいことがあんなら遠慮なく聞け。俺、包み隠さずちゃんと答えるから」
言いながら、「まぁ、でも――」と前置きするように言って、想は「続きは部屋ん中に入ってからにすっか」と結葉のひざの上に載っていた雪日入りのトートバッグを持ち上げた。
「あっ」
急に軽くなった足に、結葉が驚いて想の方へ手を伸ばしたら、「とりあえず気ぃつけてそっから降りてくるのが先な?」と空いた方の手でその手を握られる。
結葉がそれに小さく頷いて、足をそっとステップに差し出した瞬間、想が瞳を見開いたのが分かって。
ストッキングも靴下もなしで、運動靴を直接履いていた自分の足首に残る、生々しい傷跡を見られたんだと気が付いた結葉は、それを誤魔化すみたいに慌てて地面に降り立った。
「あ、あのっ、想ちゃん、ありがとう」
わざと想の視線を足首から引き剥がすように声を掛けて、努めて明るくニコッと微笑んだら、その場で頭をぐしぐしと撫でられた。
「……ひゃっ、想ちゃ……何っ?」
驚く結葉に、想が「結葉、よく頑張ったな」と小さくつぶやいた。
その言葉に、自分が言うまではこの傷のことも想は聞かないでいてくれるんだ、と気が付いた結葉は、幼なじみの優しさに胸が切なく疼いて。
(想ちゃんには、辛くても何もかもちゃんと話さないといけない……)
顔をうつむけて眉根を寄せながら、結葉は心の中でそう決意した。
コメント
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うんうん、全部ちゃんと話して助けてもらって😭