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「凪、こんな所にいたの?ほら、帰るわよ」
「母さん、来ないでって言ってるじゃん」
どうやら女性は、なぎさのお母さんらしい。
「あなたに何かあったらどうするの。…その4人は?」
「友達だよ」
「不良が?」
「母さん何言ってんの?不良なんかじゃない、みんな優しいよ」
「とりあえず何でもいいわ、帰りましょう」
「ねえ、母さん───」
「あなたのためにやっていることなのよ」
「でも、僕は」
「その4人は友達なんかじゃなくて、あなたをそそのかす悪者なの。こんな子達とつるんでいたら、あなたはまともにならないわ」
「そんなのひどい!」
リクが声をあげる。
「なぎさは友達だよ!」
「いくら親だからといって、なぎさはあなたの所有物じゃない。意見くらい聞いてあげたらどうなんですか」
ハルも加勢する。
「うるさい!私はたくさんひどいものを見てきた。凪がそんな目に遭わないようにするのが私の役目なの!」
「母さん落ち着いて。ごめん、僕が悪かった。ほら、帰って勉強しないと。でしょ?」
「…そうね。帰りましょう」
「みんなも、気をつけて帰ってね。バイバイ」
寂しげな笑顔を浮かべたなぎさ。
その後ろ姿を見送って、僕はため息をついた。
「ひどいね、あのお母さん」
「言いたいことは分かるんだけどね。自分の親もあんな感じだから」
「でも、交友関係まで」
「とりあえず、話進めるしかないだろ」
かながリクをなだめる。
「…だね。じゃあ、何で行く?」
「俺のおじさんが近くに住んでるんだ。連絡してみようか?」
「うん、お願い」
「…行くなら全員で、だよな」
「お母さんが許してくれなそうだよね」
「あの感じだと会えないかもじゃない?」
「誰か家知ってないの?」
「…もう帰るぞ。明日この公園に、8時だ」
おもむろに立ち上がったかな。
「かな?何で、」
「…あいつの家に行くんだろ。ここが1番近い」
「かな知ってるの?!」
「あいつとは、…幼なじみだ」
「じゃあ決まり!明日8時に、ここでね!」
勉強机に座りながら、英語のテキストを開く。
スマホが音を立てて、僕───なぎさを呼ぶ。
『勉強、しすぎんなよ』
かなからのメッセージに少し肩の荷がおりたのは、きっと気のせいじゃないだろう。
昔から、何か変だとは思ってた。
友達と遊びに行きたくても、母さんにダメだと言われて。
ノリが悪いってハブられたことを話したら、友達なんて要らないと言われた。
朝起きる時間も寝る時間も全部決められていて。
高校だって、本当は自分で決めたかった。
でももう、諦めた。
どれだけ反抗しても無駄だって。
自分はもうずっと母さんの言いなりなんだって。
真面目でいなさいと言われて真面目でいようと頑張ったら、今度はその真面目さでいじめられた。
でも友達を侮辱されるくらいなら、自分が犠牲になった方が全然マシ。
だからもう、諦めた。
なぎさにメッセージを送って、俺、かなはため息をついた。
家に帰って、ただいまも言わず部屋に入る。
おかえり、なんていう声はもう何年も聞いてない。
もう、諦めた。
もう、慣れてしまった。
ただいまに続きがないのも。
自分の食べ物が用意されていないのも。
声をかけてもらえないのも。
リビングにいたら嫌そうな顔をされるのも。
もう、慣れた。
最後に親と出かけた記憶なんて、もう残ってない。
3歳の時に妹が生まれてから、俺の日常は崩れてしまった。
両親は妹につきっきりで、だんだん俺を見てくれなくなって。
両親の妹への愛は、俺への憎悪であり、興味のなさで。
俺はこの家に、いらない人間。
小学生のとき、公園で一人ベンチに座っていた俺は、なぎさに話しかけられた。
『きみ一人?名前なんて言うの?』
『哉。…お前は?』
『お前ってひどい。僕は凪、よろしくね』
『よろしく』
『なんでここにいるの?』
『親が、妹のことばっかりで。俺のことなんて気にかけてくれないし、家にいるのしんどかった』
『いいなぁ。僕は逆に厳しすぎてさ』
『無視よりいいだろ』
『ぜーんぶ管理される日々だよ』
『…なぎさ、って言ったか』
『うん』
『青野小?』
『うん。かなも?』
『俺も』
2人並んで夕日を見上げて、暗くなった頃に帰路についた。
自分の悩みを打ち明けられるような友達が出来たのは初めてで。
学校も馴染めなくて大嫌いだったけど、凪がいるなら、と思うと楽しかった。
でもやっぱり、人はすぐには変われないらしい。
『哉ってなんか怖くない?』
『きっと俺らのこと舐めてるんだよ』
『あいつがいると学校楽しくないよな』
そんな言葉で、柄にもなく傷ついて、学校に行きたくなくなって。
不登校になってから1週間、凪が家に遊びに来た。
親と妹が家を出るのを見て忍び込んできたらしい。
『大丈夫?』
『大丈夫だよ。ちょっと体調崩してただけ』
『体調崩してる人はカップラーメン食べてゲーム三昧なんてしませ〜ん』
『それ偏見だろ』
『⋯で、本当は?何で休んでたの?』
『あいつらに言われたの、ムカついて。もう一回言われたらって思ったら、』
『そんなことだろうと思ってたよ。別にいいじゃん、全員の前でいい子演じなくても』
『お前が言うと説得力ない』
『僕はそういう人生だから。もう諦めたしね』
でもさ、と凪は続けた。
『哉はそんな人生嫌でしょ?』
『⋯まあ』
『哉って勉強できたっけ?』
『出来たら苦労してないよ』
『だろうね。じゃあさ、今から頑張って学校行って放課後も一緒に勉強して、僕と同じ高校行こうよ』
『一緒に行きたいなら、お前が俺に合わせてくれればいいのに』
『母さんが許してくれないんだよね〜』
『⋯志望校どこ?』
『ここ。この美羽山ってとこ』
『偏差値高⋯70って』
『でもいけたらいいなって思ったでしょ?』
『、⋯』
図星なんだけど。
『一緒に頑張ろ。僕、哉がいないとこ行きたくないよ』
───3月18日。公立高校合格発表当日。
『哉起きて!!』
『何⋯』
朝の9時頃、まだ寝ていた俺の家に押しかけてきた凪は、スマホの画面を俺に向けた。
『見て!僕受かってた!』
『おめでとう。じゃあ二度寝するね』
『ダメダメダメ!哉の分も見るんだから!ほら何番?』
『俺?⋯K512』
『え?!』
『何、落ちてた?』
『受かってる!』
信じられなかった。
『は?え、本当に?』
『ほら!受かってるよ、よかったね!わ〜〜〜嬉しいなぁ、僕哉とおんなじ高校行けるんだ』
『高校入ってからも勉強分かんないから教えて』
『分かんない前提なの?まあ教えるけど』
高校に入ってからは、凪が嫌がらせを受けるようになった。
理由はちゃんとはわからない。
ただ、始まりは1年の秋に受けた模試だったと思う。
クラストップの成績を持っていた、友だちが多い───
いわゆる一軍のやつをクラストップの座から引きずり下ろしてしまったのが、凪だった。
『哉見て!僕模試クラストップだったよ!』
その瞬間、そいつとその取り巻きの目が凪を敵視するような目に変わった。
頭から水をかけられたり。
ノートに落書きされたり。
机に花瓶と花が置かれていた日もあって。
最初の一ヶ月は、俺がいないところで事が進んでいた。
でもある日、凪は俺の家までついてきて、俺の部屋で涙ながらにいじめのことを打ち明けた。
絶対に後悔させてやる、って。絶対に許さない、って。
そんな言葉をいくら並べても、あいつらには勝てなかった。
いつだったか、凪に言われた。
『もう大丈夫。ありがとう』
そんなに急にいじめが終わるわけない。
だからすぐわかった。
───凪は、諦めたんだ。
オレンジ色の夕日を見上げる。こんな色のことを、バーミリオンというらしい。あの日と変わらない色が、部屋の中を照らした。
あいつは麻痺してきてる。親の強すぎる愛に。
その愛も、小さな犯罪も、もうどうしようもないって諦めてる。
俺が、何とかしないと。
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