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朝の教室は、いつも同じ音で満ちている。
椅子を引く音、ページをめくる音、誰かの小さなあくび。
そして——。
「ねえ紗季、今日の数学の小テストさ、絶対昨日より問題増えてない?」
紗季は、ペンを持つ手を止めずに答えた。
「増えてないと思う」
「即答!? もう見たの?」
「見てない。でも増えない」
「なにその謎の自信」
隣の席の男子、陽斗は、朝からテンションが高い。
高すぎる。明らかに一人だけ音量がおかしい。
紗季はノートを閉じ、ちらりと横を見る。
「……静かにして。チャイム鳴る」
「えー、まだ鳴ってないじゃん。あと三分ある」
「三分あれば十分静かにできる」
「厳しっ」
そう言いながらも、陽斗は一応声を落とした。
落とした、つもりらしい。
「そういえばさ、昨日のドラマ見た? あの展開はさすがに——」
「聞いてない」
「えっ、話の途中なんだけど!?」
「聞いてないって言った」
ぴしゃりと言うと、陽斗は一瞬だけ口を閉じた。
……が、すぐににやっと笑う。
「はいはい、紗季はそういうとこだよね」
「どういうとこ」
「冷たいけど、完全無視はしないとこ」
紗季は返事をせず、前を向いた。
図星を突かれた気がして、少しだけ居心地が悪い。
周りの席から、くすくすと笑い声が聞こえた。
「また始まった」
「朝から仲いいよねー」
「仲よくない」
紗季は即座に否定した。
けれど、否定したはずなのに、陽斗はなぜか満足そうだった。
「ほら、即否定。今日も平常運転だ」
「意味わからない」
チャイムが鳴り、担任が教室に入ってくる。
その瞬間、陽斗はちゃんと前を向き、教科書を開いた。
……意外と、こういうところはちゃんとしている。
授業中、紗季は黒板の文字を書き写しながら、ふと思った。
(どうして、こんなに毎日話しかけてくるんだろう)
うるさい。集中できない。
正直、隣の席になった日は最悪だと思った。
それなのに。
陽斗が静かにしていると、少しだけ物足りない。
声が聞こえないと、なぜか気になってしまう。
授業の終わり、陽斗が小声で言った。
「なあ紗季」
「……なに」
「今日の放課後、購買付き合ってくれない?」
「なんで私」
「一人だと迷うから」
「迷う意味がわからない」
「でも断らないでしょ?」
紗季は、少しだけ考えてから答えた。
「……気が向いたら」
「それ、行くやつだ!」
嬉しそうに笑う陽斗を見て、紗季はまた視線を前に戻す。
胸の奥が、さっきより少しだけ騒がしかった。
隣の席は、今日もうるさい。
そしてきっと——明日も。