テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
恩人であるカイルの傍を離れるのは嫌だ。
でも、ナディエルもリリアンナにとって大切な存在。
加えて、いつもの軟膏がランディリックの厚意から作られた特別仕様品だと知らされては無下には出来ないと思ってしまった。
「分かりました。ちょっとだけここを離れます。申し訳ありませんがカイルのこと、少しの間お願いできますか?」
リリアンナは薬を塗ってもらったばかりの手指をギュッと握りしめると、真摯な眼差しをセイレンに向ける。
「それがわたくし共の仕事でございますので、お嬢様が申し訳なく思われる必要はございません。この男のことはしばし私たちに任せて、お嬢様も身体を休めて来なされ」
セイレンの言葉に、リリアンナは 頷かなかった。
少し間を空けて、「……行って、まいります」とだけ告げて医務室をあとにする。
「強情な娘だ……」
そんなリリアンナの背中を見送りながら、セイレンは大きな吐息を漏らした。
***
医務室を出たリリアンナは、駆け足でナディエルが寝起きしている部屋を訪ねた。
コンコンと控え目にノックすると、中から顔見知りの侍女が顔をのぞかせた。
「リリアンナお嬢様」
「ペトラ、急にごめんなさい。ナディの具合はどう?」
侍女たちは二人部屋で、ナディエルはペトラと同室なのだ。
「それが……」
部屋の扉を大きく押し開けてそっと横へ避けてくれたペトラに会釈して、ナディエルは初めて侍女部屋へ足を踏み入れた。
そこはリリアンナに宛がわれた部屋よりはかなり狭かったけれど、窓もあって、作り付けのベッドや机なども完備された清潔な空間だった。ウールウォード邸でリリアンナが押し込められていた物置部屋よりははるかに居心地の良い部屋のようでホッとする。
ナディエルは二段ベッドの下側を使っているようで、リリアンナの来訪にも気付かない様子で眠っていた。
「熱が高いんです。お医者様の話では精神的なものらしいんですけど……」
ナディエルの傍へ跪いたリリアンナに、ペトラが小声で話しかけてくる。
「お嬢様もナディと一緒に恐ろしい目に遭われたんですよね? 大丈夫でいらっしゃいますか?」
心配そうにペトラに見詰められたリリアンナは「私は大丈夫」と答えながら、ナディエルの手をそっと握った。
(ナディが元気になるまでは私が頑張らなくちゃ)
熱のためだろう。いつもより熱いナディエルの手に触れながら、リリアンナはそう思った。
そんなリリアンナに、「何かご用がございましたら私にお申し付けくださいね。ナディほどうまくやれる自信はないですけど、精一杯お手伝いさせていただきますので」とペトラが励ましてくれる。
「ありがとう」
そう答えながらも、ペトラにはペトラの仕事があることを知っているリリアンナは、心の中で気持ちだけもらっておこうと思った。
コメント
1件