テラーノベル
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ペトラに礼を告げ、侍女部屋を後にしたリリアンナは、自室へと足を向けた。
部屋に入って割とすぐ。壁際に白木で作られた、質素ながらも可憐なドレッサーが置かれている。脚や縁には小さな花と蔦の彫刻が施され、まだ幼さを残した彼女の部屋にふさわしい素朴な愛らしさを添えていた。
その鏡台の上に、ナディエルがいつも気を配って整えてくれていた小瓶や櫛、色とりどりのリボンがきちんと並べられている。
その中に、淡い薔薇色のラベルが貼られた軟膏の瓶があった。リリアンナはそれを手に取ると、そっとふたを取る。途端、ふんわりとローズの香りが立ちのぼった。
(これが……私のために調合されたもの)
セイレンの言葉を思い返しながら、リリアンナは小瓶のふたを閉め直し、胸に抱き締めた。
ほんのわずかでも自分の荒れた手を労わることが、カイルの看病を続ける力につながる。
そう思い直すと、リリアンナは小瓶を手に、医務室へと取って返した。
息を切らして医務室へ入るなり、セイレンが驚いた顔をしてリリアンナを見つめる。
「リリアンナお嬢様。お部屋でお休みにはなられなかったのですか?」
それは暗に、〝どうしてすぐに戻ってきたのですか?〟という批難を含んでいると分かったリリアンナだったけれど、手の中の小瓶をギュッと握って「カイルが心配で眠るなんて無理です」と懸命に訴えた。
セイレンは小さく吐息を落とすと、暖炉の前に置かれていた椅子へと歩み寄った。
厚く布張りされた座面はふかふかしていて、腰を下ろせば身体をやわらかく受け止めてくれる。セイレンはもとより、薬師や看護助手たちも、疲れた時にはそこへ座って身体を休めている椅子だ。
それを両手で持ち上げ、カイルの寝台の傍らへと運んでくると、元々置かれていた座面の固い木製のスツールを静かに脇へ退けた。
「せめて、これにお掛け下さい。お嬢様のお身体が持ちません」
リリアンナは一瞬ためらったものの、医師の眼差しに押され、そっと椅子へ腰を下ろした。
思った以上にやわらかく沈む座り心地に、強張っていた背中と足が少しだけ楽になる。
リリアンナはセイレンを見上げて「有難うございます」と小さく礼を言うと、それでもすぐさま立ち上がってカイルの額へ載せられた布と、首横などに置かれた布袋へ手を触れる。
さっき取り換えたばかりだというのに、どちらももうカイルの熱で温んでいた。
リリアンナはセイレンが「お嬢様!」と止める声も聞こえないみたいに布袋を手に駆けて行ってしまう。恐らくは、中庭へ新たな雪を詰めに行ったのだろう。
椅子の上にポツンと取り残された小瓶を見て、セイレンが吐息を落とした。
「旦那様へ報告しておいた方が良さそうだな」
リリアンナはきっと、ランディリックにこそ止めてもらわねばならない。
ならば、少々気は引けるものの、彼に動いてもらうしかないだろう。
コメント
1件
リリアンナ、怒られちゃうかな