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ベインズさんに案内され、マードック司教様の部屋だという扉の前に到着した。司教様は温厚な方だから安心していいと言われはしたけど……それでもリアン大聖堂で一番偉い方なのだ。緊張するのはどうしようもなかった。
「マードック司教、警備隊のベインズです。クレハ・ジェムラート様をお連れいたしました」
ベインズさんは、扉の奥にいるであろう司教様に向かって呼びかけた。すると、そう間を置かず部屋の中から返事が返ってくる。
「おお……ベインズ隊員、ありがとう。どうぞ、入って貰っておくれ」
穏やかで優しそうな男性の声。緊張のせいで強張っていた体から僅かに力が抜けて楽になった。
ルーイ様はリアン大聖堂に来たことがありそうな素振りだったけど……司教様には会ったことがあるのかな。そんな気持ちを込めて彼の顔を見た。
私の視線にすぐに気が付いてくれたルーイ様は、ハッとするほどに美しい笑顔を披露してくれた。どういう意味なんだろうか。彼の笑顔の意図がよく分からない。
なんだかルーイ様……美しさに磨きがかかってない? いや、綺麗なのは元からだ。私と違って緊張することに無縁そうなのも相変わらずである。上手く説明するのは難しいが、雰囲気が変わった気がするのだ。
セドリックさんなら知ってるかな。彼は護衛として……そして、怪我の看病のためにずっとルーイ様に付き添ってくれていた。後で聞いてみよう。
「失礼致します」
ベインズさんはドアノブに手を掛けた。ゆっくりと扉が開かれていく。
「皆さん。ようこそ、いらっしゃいました。さあ、どうぞ中に入って下さいませ」
「……マードック司教様?」
「はい。クレハ・ジェムラート様ですね。お初にお目にかかります。キース・マードックと申します」
司教様は扉越しに聞いた声のイメージ通りの方だった。年齢は60代くらいの男性。丸いメガネ越しに見える瞳は暖かみのある茶色。私に向けられる眼差しはとても優しい。笑うと目尻の皺が強調され、安心感と親しみを感じさせた。
身に纏っている衣装はアルバビリスによく似ている。物腰が柔らかく穏やかな印象を与えつつも、教会の神官然とした威厳のある姿だった。
「突然お呼び出てして申し訳ありません。こちらに掛けて下さい。お付きの方々も、さあ……」
部屋の中央にある椅子に座るように言われた。私は司教様に促されるまま、ゆっくりと椅子に向かって歩を進める。司教様はその様子を和やかに見つめていたのだけど……私に続いて部屋に入って来たルーイ様を目に留めた瞬間、全てが一転してしまった。
「は? えっ……貴方は……」
司教様は茶色の瞳を大きく見開いている。まるで恐ろしい物にでも遭遇したかのよう。一体何が起こっているのだろうか。ベインズさんも私たちも、突然の司教様の豹変ぶりに困惑する。さっきまでの落ち着いた雰囲気が一瞬にしてどこかに消え去ってしまった。そんな中でルーイ様だけがいつもと変わらない。この状況を作ったのが彼であるのは間違いないだろうに。
「よう、マードック。息災なようで何よりだ」
「ル、ルーイ様!!?」
司教様の口から飛び出したのはルーイ様の名前。ルーイ様の方も気さくに挨拶をしている。ふたりは知り合いなのか。司教様はルーイ様がこの場にいることにかなり驚いているようだけど……まさか、ルーイ様の正体を知っているのでは――――
「あの、マードック司教。ルーイ先生がどうかなさったのですか?」
「先生? ルーイ様が? はっ……?」
「ええ。女神から直々に任を受け、王太子殿下の元で教鞭を執っておられますよ。てっきり司教はご存知なのかと思っておりましたが……」
「マードック……」
ルーイ様が小声で呟いた。表情は笑っているのに紫色の瞳から放たれる威圧感が凄まじい。司教様の肩がびくりと震えた。あんな目で見詰められたら当然だ。私まで心臓が縮み上がりそう。
「あっ、そう! そうでした!! いやー……最近物忘れが酷くて……歳は取りたくないものですな」
どう見ても嘘だった。ルーイ様の圧に負けて話を合わせてくれたようにしか見えない。なんだか変な展開になってきた。ベインズさんたちも困っているじゃないか。
「司教、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」
「……問題ない。まさかルーイさ……先生もいらっしゃるとは思っていなくて、驚いてしまっただけだよ。気遣わせてしまいすまない。ベインズ隊員」
「無理をなさってはいけません。クレハ様、こちらから呼び出しておいて大変失礼ではありますが、司教の体調が芳しくないようです。お話しはまた別の機会に……日を改めさせて頂いてよろしいでしょうか?」
「私は構いません。しばらく聖堂に通う予定でしたので……その間でしたらいつでもどうぞ」
「いいえっ……わざわざ御足労頂いたのにとんでもない!! ベインズ隊員、私は平気ですから……」
マードック司教の必死すぎる説得もあり、私たちは当初の予定通り司教様とお話しをすることになった。しかし、人数は最小限にして欲しいとの希望により、私とルーイ様のみが部屋に残される形となる。ベインズさんたちは、話が終わるまで隣の控え室で待機して貰うことになった。
「さて……もう下手な芝居をする必要はないぞ。つーか、驚き過ぎだろう。幽霊にでも会ったみたいじゃないか」
ルーイ様は皆がいなくなった途端、椅子にどっしりと腰を下ろした。まるで自分の部屋かのような態度だ。もうちょっとお行儀良くして下さい。
「神である貴方様になんの準備もなくお会いするのに比べたら、幽霊相手の方がいくらか冷静に対応できたのではないかと思います。改めまして、キース・マードックがルーイ様にご挨拶申し上げます」
「はい、はい。突然来た俺が悪かったですよ」
「司教様はルーイ様が神様だってご存知だったのですか」
「はい。クレハ嬢も……そうだったのですね。色々と申し訳ありませんでした。レオン殿下の婚約者である貴女が聖堂にいらっしゃると聞いて、挨拶をしておこうと思っただけなのです。まさかルーイ様がご一緒だとは………取り乱して、見苦しいところをお見せ致しました」
司教様は私に向かって謝罪をした。私も状況がまだ飲み込めていないので、どのように対応すればいいのかわからない。
「司教様、そしてルーイ様。まずはおふたりの関係からご説明頂けないでしょうか」