「どんな関係かと聞かれるほどの繋がりもないな。マードックとは数回会ったことがあるってくらいだから。しかもつい最近まで忘れてたしね」
悪びれもなくルーイ様は笑っている。忘れてたって……本人が目の前にいるんですよ。普通に失礼なんですけど。
「マードック司教様……ルーイ様がすみません」
「いいのですよ、クレハ嬢。ご本人が仰るように、お会いしたのはたったの2回です。それに……神の目からしたら、私の存在など取るに足らないちっぽけなものでしょうから」
単にルーイ様が忘れっぽいだけじゃないのかな。司教様は気にしてないみたいだけど……ルーイ様は結構いい加減なところがあるから。
「あの、それでおふたりはどのような経緯でお知り合いになられたのですか? 司教様はルーイ様の正体もご存知で驚きました」
「はい。あれは春も半ばの……爽やかな風が心地よい頃でございました。私は朝の身支度を終えて聖堂内に足を踏み入れたのですが……」
「マードック。お前の話は長くなりそうだから、俺がさっくり説明するわ」
ルーイ様は司教様の言葉を遮った。さっきから司教様への扱いが雑過ぎる。彼に対してこんな態度が取れるのはルーイ様だけだろう。穏やかで優しそうな方なのに可哀想になってきた。
「……司教様、本当にすみません。ルーイ様が失礼を……」
「いいえ、いいえ。良いのですよ……クレハ嬢」
「なあ、クレハは俺と初めて会った時の事を覚えてるかな?」
「はい。もちろんです。忘れるわけがありませんよ。ルーイ様じゃあるまいし……」
「はあ!? マードックのこと当て擦ってるのか? ちゃんと思い出したからいいだろうが」
司教様への態度があまりにも酷いので、ちょっとだけ嫌味を言ってみた。
ルーイ様に初めて会った日――――
私はまるで昨日のことのように思い出せる。彼の力で私は過去に遡り、運命を変えるために奔走しているのだから。
「確か……お前にばあちゃんのブローチを返した後だったかな。俺は眠っていた間のブランクを取り戻すために多くの土地を飛び回った。マードックと知り合ったのはその時だよ」
ルーイ様はブローチの宝石に300年間閉じ込められていたのだ。それほど時間が経てば世の中は相当変わっていた事だろう。空白期間を埋めるために必要なことだったとルーイ様は語る。
「リアン大聖堂の出店の話を耳にしたのは偶然だった。雑貨や骨董品に始まり、時には珍しいお菓子など……多種多様な品物が売られてるってな」
『お菓子』……この単語が出てきた瞬間、何となく話の流れが読めてしまった。ルーイ様は無類の甘党。神は飲食をしなくても問題ないと言いながら、お菓子だけは例外とばかりに執拗に求め続けている。セドリックさんにおねだりをしている所を何度も見かけた。
「本当に……あの時は驚きました。メーアレクト神よりも上位だという神が、私の元を訪ねて来られたのですから。しかもその理由が、出店のお菓子を分けて欲しいというものだったのですよ」
「俺お金持ってなかったからね。かといって、聖堂内で魔法を使えばすぐにメーアにバレちまう。外界に出た直後で無駄に騒がれたくなかったんだよ。お上は昼寝中だったから良かったけどさ」
「……それで司教様にだけこっそり正体を明かしてお菓子を買って貰ったんですか!?」
「そうそう。メーアを信仰してる神官なら、俺を無碍に扱うなんて出来やしない。なんせ、俺はメーアの上司みたいなもんだからね。言いふらしたりする事もないだろうってな」
予想はしていたけど、まさかお菓子ひとつのために自分の正体をバラすなんて……。それほどまでに出店のお菓子が食べたかったのか。ルーイ様の甘い物に対する執念がすごい。司教様もよく信じてくれたものだ。
「……とまぁ、俺とマードックの出会いはこんな感じかな。正体を明かすというリスクを犯してでも手に入れた価値はあったよ。出店のお菓子……格別に美味であった」
「ルーイ様、お菓子買って貰ったのに司教様を忘れてるなんて……やっぱり酷いですよ」
「クレハ嬢いいのですよ。神のお役に立ったと思えばお菓子代くらい……」
ルーイ様が楽観的過ぎる。彼が自分の能力を封じられる以前のことで、今とは状況が違うから仕方ないかもしれない。相手が司教様だからというのもあるだろう。でもまさか、お菓子欲しさに自分の身分を明かすなんて……
司教様のお部屋に入る直前……ルーイ様が笑顔だった理由。あれはルーイ様の姿を見た司教様が、どんな反応をするか楽しみにしていたのだろう。
ルーイ様の事は大好きだ。恩人であるし、尊敬しているけど……彼が時々行う他人をからかって楽しむような振る舞いだけはちょっぴり苦手だった。
「クレハー……そんな怒るなよ。マードックには感謝してるんだ。本当だよ」
「忘れてたくせに….…」
「ははっ….…それはその通りだが、俺がお前について聖堂に来たのは、調査のついでにマードックにあの時の礼を言うためでもあるんだから」
機嫌を直せと、ルーイ様は私の頭を撫でる。狡いなぁ……そんな風にされてしまうともう怒れなくなってしまう。文句を言いつつも、私はルーイ様には絶対に敵わないのだ。本人もそれを分かってやっている。
「あの……おふたりはずいぶん仲がよろしいのですね」
私とルーイ様のやり取りを司教様は不思議そうに眺めていた。司教様はルーイ様の正体を知っている。ただの人間の子供である自分と、まるで友人のように戯れている神の姿は殊更奇妙に映ったのだろう。
「俺とクレハの間には誰にも引き裂けないつよーい絆がありますので……。それはそうとだ、マードック。クレハへの挨拶はもういいだろうか」
「あっ、はい。元々そこまでお時間を取らせるつもりはありませんでしたので……」
「よし。それじゃあ、クレハはみんなの所に合流しな。俺はもう少しだけこいつと話をしてから戻るから」
「はい……分かりました」
「ここの出店で売ってるお菓子は本当に美味いんだ。せっかくだからクレハも行ってみるといい」
ルーイ様は、私に先に皆のもとへ戻るようにと促した。どうやら司教様とふたりで話したいことがあるようだ。内容が気になるけど……必要なら後で教えてくれるだろう。
ニコラさんがバングルを買ったお店にも行きたかったので、今は素直に彼の言葉に従うことにしよう。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!