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羊と亀のお遊戯会
23
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
10
映え無し
1
【短歌】
忘れようそう思うたび思い出す忘れたいほど好きだったこと
【短歌をテーマにした物語】
帰り道。
いつもの角を曲がったところで、私は足を止めた。
目の前には、小さなパン屋がある。
窓から見えるショーケース。
その中に並ぶ、焼きたてのパン。
それを見た瞬間、君の顔が浮かんだ。
「……忘れよう」
私は小さく呟いた。
もう、君のことを考えるのはやめよう。
そう決めたのは、今日で何度目だろう。
君と別れてから、二週間。
学校では、できるだけ普通にしている。
友達と笑う。
授業を受ける。
部活にも行く。
いつも通りの毎日を過ごしている。
でも。
何気ない瞬間に、君を思い出してしまう。
パン屋を見れば、以前二人で食べたパンを思い出す。
雨が降れば、傘を忘れた君に私が傘を貸した日のことを思い出す。
駅のホームに立てば、一緒に帰った日のことを思い出す。
「もう、いい加減にしないと」
私は自分に言い聞かせた。
スマートフォンに残っていた写真も消した。
メッセージも見ないようにした。
君からもらった小さなキーホルダーも、箱の中にしまった。
これで大丈夫。
これで、少しずつ忘れられる。
そう思っていた。
なのに。
翌朝、学校へ向かう途中。
いつも君と待ち合わせていた場所を通り過ぎた瞬間、胸が少し痛くなった。
放課後、教室の窓から夕焼けを見れば、君と話したことを思い出した。
友達が好きな映画の話をすれば、君がすすめてくれた映画を思い出した。
忘れよう。
そう思うたびに。
思い出す。
まるで私の中に、君との思い出が隠れているみたいだった。
ある日の帰り道。
私は公園のベンチに座った。
ここも、君と一度だけ来た場所だった。
あの日、君は自動販売機で飲み物を二本買ってくれた。
「どっちがいい?」
「こっち」
「じゃあ、俺はこっち」
そんな何でもない会話。
今では、それすら大切な思い出になっている。
「……本当に、好きだったんだな」
私は空を見上げた。
自分でも少し驚いた。
忘れたいと思うほど、苦しい。
だから、忘れなければならないと思っていた。
でも。
もしかしたら、違うのかもしれない。
大切だったものを、無理に消す必要なんてない。
楽しかった時間まで、なかったことにしなくてもいい。
君を好きだった私も。
君と笑った私も。
全部、本当の私だった。
だから私は、初めて「忘れよう」と思わなかった。
「……ありがとう」
誰もいない公園で、そっと呟く。
君と出会えてよかった。
好きになれてよかった。
たくさん笑えた。
少し泣いた。
そして、今の私がいる。
夕暮れの空を見上げる。
まだ胸の奥には、君の思い出が残っている。
きっと、明日も思い出すだろう。
それでもいい。
いつかその思い出を、痛みではなく、懐かしい記憶として笑える日が来るまで。
無理に忘れなくてもいい。
私は立ち上がった。
そして、ゆっくりと家へ向かって歩き出す。
忘れたいほど、好きだった。
だからこそ。
その恋を、無理に消すのではなく。
いつか大切な思い出として、胸の中にしまえるように。
今日の私は、少しだけ前を向いていた。
コメント
1件
「忘れようそう思うたび思い出す」……タイトルからもう刺さりました。主人公が日常の何気ない風景に元彼の面影を見つけては胸を痛める様子が、とてもリアルで切なかったです。特に「忘れよう」と決意するたびに逆に思い出してしまう反芻の描写に、こちらももらい泣きしそうになりました。最後に「忘れなくてもいい」と受け入れるまでの心の動きが丁寧で、読後はじんわり温かい気持ちになりました。素敵なエピソードをありがとうございます🌷