テラーノベル
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豚の生姜焼き、胡瓜の浅漬けに、切り干し大根と豆腐の味噌汁に白米。今夜の献立を考えながら、美咲は付け合わせのキャベツの千切りをつくる。
トントンと小気味良い包丁の音が落ち込みそうになる心をわずかにあげてくれる。
貧乏学生だった美咲は、食費を抑えるために毎食自炊の日々を過ごしていた。そのため、料理は人並み以上に作れる。
まぁ、作る料理は材料費が安い節約レシピだったから、廉の口に合うか分からないけど……
朝食を食べて思ったが、廉の料理スキルはプロ並みだった。和食屋に出てきてもおかしくないレベルの朝食だったからこそ、美咲の家庭料理にちょっと毛が生えた程度の料理に満足するとは思えない。
まぁ、気に入らなければ、それはそれでいい。さっさと愛想を尽かし解放してくれるかもしれないしね。
昼過ぎに遥との衝撃的な電話を終えた美咲は疲れ果てていた。何かに没頭して、現実逃避していなければやっていられないと思う程には、頭の中が混乱していたのだ。
不幸中の幸いと言うべきか、家から出るなとは言われていない。美咲は廉から渡されたカードキーを握りしめ、買い物がてら近所の散策に出た。
エントランスを出て、改めて見上げたタワーマンションの大きさに『幼なじみは、桁違いの金持ちになったんだぁ』と、どうでもいい事を考えていた。
都心のど真ん中にそびえ建つタワーマンション。この場所は、美咲が通う大学の最寄り駅から三駅離れた商業施設建ち並ぶエリアだ。
大学の帰り道、バイトへ行く度に見上げていたタワーマンションが目の前に建っている現実にめまいがする。『こんな所に住める金持ちってどんな人かしら~?』って、妄想しながら出勤していたのが、遠い昔のように感じる。
美咲は大きなため息を吐き出し、タワーマンションに背を向け歩き出した。
勝手知ったるバイトで通った街。安いスーパーがある場所も把握している。
美咲はスーパーに向け歩きながらふとバイト先のことを思い出す。
(そういえば……、私のバイトって、どうなったの?)
家賃を支払えとは言われないだろうが、生活費までお世話になるのは避けたい。生活費まで支払われたら、完全に廉から逃げられなくなってしまう。
遥との電話から、今は廉から逃げるのは難しい。大学卒業までは一緒に住まざるおえないだろう。
しかし、大学を卒業し会社に就職して、会社員と言う身分を手に入れれば、親の承諾がなくてもアパートを借りられる。そうすれば、荷物をまとめて廉の家を出て行ける。
(あと、一年の辛抱よ)
就職活動も続けているし、何社かは最終面接まで残っている。後は、廉のエロエロ攻撃を回避して、バイトでお金をためて、就職と同時に逃げ出せば、なんとかなる。
明るい未来の展望を思い浮かべ、スーパーに向け歩いていた美咲は気づいていなかった。たとえ会社員という立場を手に入れても、一人ではアパートを借りられないと言う現実を。世の中には保証人制度なる物が存在する事を知らない、世間知らずな美咲であった。
♢
「良い匂いだね。お腹空いてきた。ただいま、美咲」
「――っ!!」
突然、背後から抱きしめられた美咲は、フライパン片手に菜箸を握りしめ固まった。
生姜焼きの肉を焼いていた美咲は、廉が帰ってきたことに気づかなかった。廉の帰宅時間に合わせて肉を焼き始めたのが仇となった。
「何、作ってるの?」
ひっ!? 耳元で話さないでよ。
廉の低音ボイスが美咲の耳に吹き込まれ、脳髄を痺れさせる。突然の暴挙に慌てた美咲は、持っていたフライパンと菜箸を落としそうになる。しかし、すんでのところで美咲の手ごと廉の手に掴まれフライパンが派手な音をたて落ちることはなかった。
「――危なっ!!」
「あ、危ないから、離れて!?」
「ダメだよ。今離したらそれこそフライパンが落ちそうだ。俺がフライパン揺するから、美咲は菜箸動かして」
さっきから耳元で囁かれる廉の言葉に頭の芯が痺れて、否の言葉が言えない。美咲は、ただ菜箸を動かす事しか出来なくなった。
廉の艶やかな声に指示されるまま、操り人形の様に動く指先。耳から体中を駆け巡る疼きに、顔に熱が溜まっていくのがわかる。
「首筋が赤く染まって、色っぽいな。先にこっちを食べたくなる」
「――ひっ!? ひやぁぁ……」
突然首筋に感じた感触に悲鳴が上がった。
首筋を廉の唇に喰まれ、ちゅっと吸い上げられる。未知の感覚に美咲は短い悲鳴を上げる事しか出来なくなっていた。
「綺麗な花が咲いた……」
じんじんと痺れる首筋に、耳元で響く艶めいた声に美咲の身体は熱をおびる。
(このままじゃ廉に落とされちゃう。拒まなきゃ)
「やっ、やめて……」
焦れば焦れば、廉の悪戯な指先に翻弄され息が上がっていく。そして、気づいた時にはキッチンの床に押し倒されていた。
「キッチンに立つ新妻を見て、欲情する夫の気分だよ。まさか俺のために夕飯を作ってくれるなんてね」
「やぁぁ、離して……」
「ダメだよ。そんな可愛いことをしてくれた美咲が悪い。火は止めたから大丈夫だよ」
そんなやり取りをしている間にも廉の不埒な手がTシャツの裾から忍び込み、お腹周りを撫でまわす。悪戯な廉の手を追い出そうと追いかける美咲の手を巧みに逃げ、逆に廉の大きな手で両手を頭上に固定されてしまった。
抵抗らしい抵抗も出来なくなった美咲に気を良くしたのか、お腹を撫で回していた廉の手が背中に回りブラジャーのフォックを外されてしまう。
「良い眺め……」
仄暗い欲望の炎を宿した瞳に見つめられ、美咲の喉がごくりっと鳴る。
一気にTシャツを首下までたくし上げられ、美咲は羞恥で顔を真っ赤に染めることしか出来なくなった。
「真っ赤な顔して、潤んだ目で睨んでも誘っているようにしか見えないよ」
ささやかな抵抗すら一蹴されてしまい、眦から涙がこぼれ落ちる。
それを見た廉の目が見開かれ、切なさを宿し細められるが、彼の心の内に美咲が気づくことはなかった。
わずかに緩んだ手の拘束に、美咲は無我夢中で暴れる。そして、拘束が解かれると同時に廉の下から抜け出し、逃げ出した。
自室へと駆け出した美咲を廉が追いかけて来ることはなかった。
ドアノブを捻り部屋に駆け込んだ美咲は、勢いよく扉を閉める。バタンっと派手な音が鳴るが気にしている余裕はなかった。
ベッドに倒れ込み、声を殺して泣いた。
泣いて泣いて泣き続けた。
私は廉の性のはけ口なの?
三年前に一度だけ会った川口さんの颯爽と歩く後ろ姿が、いつ迄も美咲の頭を巡り消えることはなかった。
コメント
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第7話、読み終えました。キッチンでの廉さんの帰宅シーン、もうドキドキが止まらなかったです……! 耳元で囁かれる低音ボイスとか、そういう描写が本当に生々しくて、美咲の戸惑いや焦りが手に取るように伝わってきました。最後の「性のはけ口なの?」という問いかけと、川口さんの後ろ姿を思い出すところが切なくて、胸がぎゅっと締めつけられました。続きが気になります……!