「そんなことって……」と、口をつぐむ。
「……クーガの新製品の評判を貶め、引いては社長に就任したばかりの私の信任を失わせることが、どうやら目的だったらしくてな……」
彼がため息を吐いて、眉間に刻んだしわを深める。
「……そうとは知らずに、まだ新人の彼女はまんまと罠に嵌められてしまったんだ。詳しい話を聞くと、バーでたまたま隣り合わせた男性から一杯をおごられ、お礼を伝え店を出たところを、その男も追いかけるように店を出て来ただけなようで、他には何もないと言っていた。週刊誌に撮られた写真も、単にバーを出た際に偶然に並んだショットで、その男が既婚者だったことも全く知らなかったと……」
事の真相を語り終えると、彼は紅茶を喉へ流し込んで、
「……それで、そのトラップを仕掛けた張本人も、わかったんだが……」
と、ひどく言いにくそうに口ごもった──。
電車内の雑誌の中吊り広告で見かけた、『AYAと男性の二人は、カウンター席で隣り合ってカクテルを飲み、親しげに寄り添いながらバーを出て行った』という見出しが思い浮かぶと、その全てが仕組まれたことだったと知った彼自身のやりきれなさは、どれほどであったのだろうと察した。
「あの、無理には話されなくても……」
辛そうに曇る表情を見ているのは、あまりに忍びなくて、そう声をかけた。
「いや、君に聞いてほしいんだ。それで今日は来たのだから……」
覚悟を決めたような彼の口調に、私自身も息を呑む。
「罠を仕掛けた何者かの正体は──、私の側近の真中だったんだ」
「側近の……?」……私も知っている人だろうかと、首を傾げる。
「ああ君も、レセプションパーティーで会っただろう。常に私のそばにいた、あの男が真中だ」
パーティーの光景が思い出されると、何度か彼を呼びに来た一人の男性の姿が、にわかに浮かんだ──。
「まさか、あの人が……」
信じられない思いで呟く。
「私も、まさかとは感じたが、内部調査の結果を突きつけると、あっさりと事実だと認めて……。そうして、前々から私に憎しみを抱いていたと、そう告げてきたんだ……」
苦しげに掠れる彼の声に、思わず距離を詰めると、悔しさなのか悲しさなのか微かに震えて見えるその肩に腕を回して、そっと抱きしめた。
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