コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
作業をスピードアップさせた千紘はさっさと食器を洗って、乾燥だけ食洗機にかけた。手を拭きながら凪のもとに戻るが、段々と緊張してきた。
凪とは何度か一緒に眠ったのに、まるで初めて共にベッドで過ごすかのような気分だった。
セックスをするわけじゃない。単純に一緒に昼寝をするだけだ。同じベッドで隣同士で目を閉じ寝るだけ。そうだとわかっているのに、向かい合って座ったテーブルよりももっと近い距離で凪を感じられると思ったら、胸が高鳴った。
「寝室行く?」
緊張は伝わってるかもしれないと思いつつ、千紘は凪に声をかけた。対して凪は眠そうに瞼が下がってきていた。
凪は千紘と眠った時によく眠れたと言っていたが、今日の千紘は凪が側にいた方が眠れない気がした。
眠ってしまうのがもったいなくて、いつまでも凪の寝顔を見ていたいと思った。
無言で頷く凪は千紘の後をついて行き、一緒に寝室へ入った。前回もこうしてここへ招き入れたのに、シーツの色を変えたのもあって、全く別空間のように感じた。
「なんか、急に眠くなってきた……」
凪はどんどん押し寄せる眠気に抗えそうになかった。自宅にいたらここまで眠くなることもない。眠いと思って目を閉じても数分経ったら眠気が吹っ飛んで、そこから一向に眠れなくなったりする。
けれど、今日の眠気はいつもと感覚が違った。おそらく千紘が使っているディフューザーの香りのせいでもあるのだと気付いた。
普段自分が好んでいる香りと違うのに、妙に落ち着く匂いだった。
俺も寝室、この匂いにしようかな……なんて思いながら、凪は千紘に促されるままベッドに入った。スプリングの硬さも掛け布団の厚みも柔らかさも全て自分のベッドとは違う。
それなのに、逆にそれが凪を安心させた。自宅が1番安らげる場所だと思っていたが、実は1番いたくない場所でもあったのかもしれない。
「もう、無理。寝る」
千紘が緊張で体を強ばらせる中、凪は一足先に意識を手放した。
暫くすると、無音の寝室に凪の寝息が響いた。規則正しく呼吸を繰り返し、胸が上下している。
千紘はじっと凪の寝顔を見つめた。眠っている彼は悪態をつかないし、穏やかだ。それがまるで夢を見ているかのようで、凪の存在を実感するまで少しかかった。
凪の髪に触れ、肌に触れ、腕枕までしたかった。けれど千紘はそれらを我慢して、凪の息遣いを感じた。
いつまでも寝顔を見ていたい。そう思ったのに、そのうちとてつもない眠気が押し寄せてきた。千紘も凪同様眠れていないのだ。
千紘の不眠の原因は凪に会えないことだった。いつくるかこないかわからない連絡を待ち続ける不安と恐怖。それを感じていつまで経っても眠れなかった。
それも今、解消されている。原因がなくなったら途端に眠くなってきたのだ。
千紘はこのまま眠気を我慢して起きていることも考えたが、凪と一緒に眠ることも幸せの1つだと思い軽く目を閉じた。
すると、自分の寝室の空間に微かだが凪の香りも感じた。隣には体温と体がゆっくり動く感覚が伝わってくる。凪に直接触れなくても、それだけでようやく実感できて、千紘はすうっと吸い込まれるようにして眠りに落ちた。
2人は途中で目覚めることもなく、空が暗くなるまで眠り続けた。先に目を開けたのは凪で、光がないことに驚く。
いつもなら昼寝をしても、明るい内に目が覚めるのに、今日は既に真っ暗だ。
「……寝たわ」
思わずそう呟いてしまう程に、凪の頭は覚醒していた。ここ数週間のモヤモヤとした気持ち悪い感覚はなく、スッキリとしていた。
隣で熟睡している男の姿を見れば、やはり千紘の隣なら眠れるという仮説は認めざるを得ないようだ。
それに、しっかりと眠っている千紘の姿も凪がよく知っている彼の姿だった。ここ暫く眠れなかったというのが信じられないほど、あどけない寝顔で寝入っていた。
凪は上半身をしっかりと起こして自分のスマートフォンに手を伸ばした。2人ともそんなに眠れないだろうと思っていたからアラームもかけなかった。
時間を見れば19時37分だった。
「もう20時じゃん」
ポツリと呟く。内勤の仕事は3日後から入っている。だから明日も明後日も休みの凪は何時まで眠っていても仕事には支障はない。
けれど千紘は違う。唯一の週一休みを凪と過ごしたのだから、明日からまた6日連続で働くのだ。
昼寝といいつつしっかりと睡眠をとってしまっては夜は眠れなくなるだろう。そう考えたが、今起きたところでもう一度寝ようと思って眠れるだろうかと思考を続ける。
自分に置き換えたら無理だった。どうせ今日は予定がないと言っていたし、千紘が自然と起きるまで放っておこうと思った。
凪は再び仰向けで体を寝かせた。スマートフォンの灯りを消すと、一気に暗闇にのまれる。順応するのに暫くかかり、何度か瞬きをしている内に暗闇の中でも家具の配置が見えるようになった。
千紘の寝息が聞こえる中、こうやって凪の方が早くに起きた過去を思い出す。二度寝したこともあったな……なんて思いながら、それでも千紘と寝た時にはよく眠れた記憶も蘇る。
だから一緒にいるのも悪くないって思ったんだよなぁ……。でも一緒に住むっていうのは……付き合うわけでもないのに。
いや、付き合わなくてもルームシェアとかならいいのか? でも、ベッド違ったら眠れないのか? 試したことないからわかんねぇけど、別室で寝て眠れなかったら一緒に住む意味ないし、だからと言って毎日一緒に寝るのも……。
凪はやはりこのスッキリとした感覚を手放したくない気もした。1人でいたら絶対に得られないものだと今では確信できる。
千紘のことは脅威に感じたし、千草のことも苦手だ。けれど、千紘にとってはいい兄で別に直接千草に手を出されたわけではない。
それでも一緒に住むとなったら千草と一生会わないわけにもいかないし、おそらく今まで通り彼はこの家にやってくるだろう。
凪よりも関係の深い家族なのだから当然だ。
それでも毎日熟睡できる夜というのはこの上ないほど魅力的に感じた。