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私が目を覚ますと奇跡が起きていた。
こんなにも爽やかな目覚めはいつ以来だろう。
多分、何の悩みも持っていなかった子供のころ以来だと思う。
目眩も、頭痛も、肩凝りも、胃痛も、吐き気さえ伴わない目覚めが、この世に存在するなんて奇跡としか思えない。
いつの間にか仰向けに寝かされていた私は、ゆっくりと上半身を起こした。
心だけでなく身体まで軽くなっている。
左に顔を向けると、白川先生が笑顔でこちらを見ていた。
「どんな感じだい?」と聞かれたので、久しぶりに作り笑いではない本物の笑顔を浮かべて、「最高に良い気分です」と本音を吐露(とろ)した。
そして、爽やかな表情を浮かべながら、「これで、私の鍼供養は終了ですか?」と聞いてみると、白川先生は笑顔のままで首を左右に振る。
「いや。僕の中には折原さんの雨が浄化されずに残ったままだよ」と告げられたので、私は驚きの表情を浮かべた。
「えっ。どうすれば供養できるんですか?」
すると、白川先生は私の質問を無視して喋り始める。
「僕と少し話をしよう」
私は、訳が分からないまま頷いた。
「僕は、桜井専務の生き方を許すことは出来ないし、折原さんの同僚である営業部の内田さんや河野さんが、会議室の隅っこで吐き出していた悪口にも共感できない。
それに、更衣室で折原さんに聞こえるように、噂話をしていた木村さんや石坪さんも嫌いだ」
私は、白川先生の言葉に感動していた。
この人は本物なのだ。
私も、色々な占い師に占ってもらったり、高名な霊能者にも観てもらったりしたが、どこか胡散臭さかったり、種や仕掛けが見え隠れしていたが、この人からはそんなものが全く感じられない。
この人は別格なのだ。
私は、白川先生に何の情報も与えていない。
生年月日も血液型も、勤めている会社の名前さえ…
しかも、突然の訪問だったから事前に調べることも出来ないのに、私しか知らない情報をスラスラと喋り始めたのだ。
けれど、そんな私の感動をよそに、白川先生の話は淡々と続いていた。
「しかし、僕には彼らを呪ったり罰したりする力はないんだ。
でも、折原さんの心を救ってあげることなら出来る。
実は、邪気を吸い込んでいると言っても、邪気だけを吸い込んでいる訳じゃないんだ。
聖気のカケラや、身体の内部にこびり付いていた思念なんかも一緒に吸い込んでしまう。
そこに、折原さんの赤ちゃんの思念がくっ付いていたんだ。
あくまでも赤ちゃんの思念だから、ちゃんとした言葉にはなっていないけれど、折原さんに向けられた思念だったから、僕なりの解釈で言葉にしてみた。
聞いてみたいかい?」
私は、泣き崩れる顔を隠すのも忘れて、子供みたいに大きく頷いた。
すると、白川先生が優しい声音で喋り始める。
「僕は、お母さんを恨んでいないよ。
お母さんは、僕を抱きしめてあげたいっていうけど、僕は、お母さんの身体の中で、ずっと優しく抱きしめられていたんだ。
温かくて、凄く気持ちが良かったよ。
そして僕は、この小さな手で、ずっとお母さんに触れていんだ…
お母さんは、僕の手に触れたいって言ってたけど、僕の手はずっとお母さんに触れていたんだよ。
だから、お母さんの絶望も、お母さんの悲しみも、お母さんの愛情も、僕は全部知っている。
僕も、お母さんを愛しているよ。
でも、今のお母さんには会いたくない。
僕が会いたいお母さんは、自分の人生を一生懸命に生きて、生き切って、皺くちゃになったお母さんなんだ。
そして、お母さんが一生懸命に生きた人生の話を僕に聞かせて欲しい。
僕が、生きることの出来なかった人生の話を…」
私は我慢できずに、子供みたいに声を上げて泣き出してしまう。
私が、うん、うんと何度も頷きながら嗚咽を漏らしていると、再び、白川先生が優しい声で喋り始める。
「でも、お母さんに一つだけお願いが有るんだ」
私は、クシャクシャの泣き顔で大きく頷いた。
「どんなお願いなの?
私に出来ることなら、何でもするから言ってみて」
「僕に名前を付けて欲しいんだ。
そして、僕をその名前で呼んで欲しい。
お母さんに、名前で呼ばれてみたいんだよ…」
私は、ハッとして白川先生を見た。
白川先生は笑顔で私を見詰めている。
私が、恐る恐る「男の子ですよね?」と訊ねてみると、ゆっくりと頷いてくれた。
「幸太郎です。
男の子なら幸太郎にしようと決めていたんです」
笑顔を大きくした白川先生が頷いてくれる。
「良い名前だね。幸せが大きくて豊かになる名前だ。
折原さんは、幸太郎君を愛しているんだね。
幸太郎君も、きっと折原さんを愛しているよ」
その言葉を聞いた途端、私の中で何かがパンと弾けた。
体の奥に有った硬い硬い痼りのようなモノが、粉々に砕け散ったのだ。
私は、タガが外れたように泣き出していた。そして泣き続けた。
産まれたての赤ちゃんみたいに、息が切れるまで泣き続けて、息が切れると、また、しゃくり上げるように泣き続ける。
でも、私には分かっていた。
この涙が枯れ果てた時、私は新しい自分に生まれ変わっている。
「幸太郎、お母さんは強く生きるからね。
幸太郎の分まで色々な経験を積んで、幸太郎に面白い話をいっぱい聞かせてあげる。
待っていてね」