テラーノベル
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僕の話が終わると、折原詩織は産まれたての赤ん坊みたいに泣き始めた。
僕は、笑顔でそれを見詰めている。
これが、人間の生まれ変わる瞬間なのだ。
赤ん坊だって、泣きながら産まれてくる。
何かを涙で洗い流すように…
しばらく泣き続けていた折原さんは、まるで憑き物が落ちたみたいに泣き止んだ。
そして、満面の笑顔を僕に向けてきたのだ。
その瞬間、僕の中に有った折原さんの雨は、シューッという蒸発音を上げながら静かに消えていった。
折原さんの体内を蝕んでいた魂魄の痼りが消えたことで、魂魄の痼りが生み出していた雨も浄化されたのだ。
僕は、魂魄の痼りが生み出した雨を自らに取り込み、その記憶を手繰ることで、痼りの本質を見極めて供養している。
そして、折原さんの雨が完全に浄化されたことで、鏡のような僕の心にも一粒の水滴が落ちてきて、大きな波紋を広げていく。
一瞬だが、僕の世界が震えたのだ。
その波紋が静かに消え去ると、強烈な虚脱感と共に、再び僕の心に鏡のような静寂が訪れる。
僕が、白川流霊枢治療(れいすうちりょう)の禁を破って、雨祓いの外道といわれる邪法「鍼供養」を続ける理由はここに有るのだ。
始まりは、妹を助けたい一心で破戒に及んだのだが、今では、正道であるはずの「雨祓い」が対処療法でしかないと知ってしまった。
僕は、いくら危険だと言われても「鍼供養」を止めるつもりはない。
そして、それが霊枢治療師としての僕の矜持(きょうじ)なのだ。
折原さんの雨は、酸っぱい悲しみに満ちていた。
普通の雨は、悲しみが怒りに変わって、怒りが憎しみへと変化するので、吸い込んだ時に「辛い」と感じてしまうのだが、折原さんの雨は悲しみの味しかしなかった。
辛い経験をしたはずだが、元々、憎しみに支配されない純粋な心を持っていたのだろう。
僕は、鍼供養が終わってから、考えていたことを口にしてみた。
「今の会社を辞めて、僕の鍼灸治療院を手伝ってくれませんか?
お給料は、そんなに多くは払えませんが、折原さんの進むべき道が見つかるまで、人の悲しみや苦しみに寄り添ってみるのも、人生のプラスになると思うのですが…」
最初は、その提案に驚いた表情を浮かべていた折原さんだったが、急にクシャクシャの泣き顔を浮かべながら、子供みたいな大声で「はい!」と頷いたのだ。
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