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フィーネの言葉を受けてフォルテは誇らしげに微笑み、【英雄級:謳う母】の方を向く。
ヤツは変わらず、サーシスらに向かって進んでいた。
ヤツの周りに漂う圧倒的な威圧感はこちらまで届いていて、さっきから身体の震えが止まらない。
それはフォルテに限った話では無く、この場の全ての冒険者が感じていた事だった。
『命を賭ける』と言葉で言うのは簡単だ。
ただ、その真意を冒険者らはこの瞬間に本能で理解した。
「よし、フォルテ。行きますか」
「だな、フィーネ。俺らでアイツを倒してやろうぜ」
冒険者らがなかなか一歩を踏み出せない中、フォルテとフィーネだけは軽快に進みだした。
そこにあった差は、強さや経験なんてものでは無い。覚悟と呼ばれるものだった。
そんな二人に引っ張られ、冒険者は付いて行く。
「まあ、そう簡単には行かせてもらえないよな……」
フォルテは正直、できれば数敵有利に任せて一対五十で隙を生み出したいと考えていた。
だが、流石に相手は【英雄級】。
行く手を阻むように土が盛り上がり、そこからモンスターは現れる。
ヤツは再び【死民】を呼び起こしてきた。 その数、およそ百。
それも、その全てが鎌持ちである。
その行動は【謳う母】の絶対的な余裕を表しているようで、フォルテら冒険者はヤツに嘲笑われたような感覚になる。
「俺ら程度、これで十分だとでも言いたいのかよ。今に痛い目見せてやるぜ」
フォルテが斧を構える。
すると、五人の冒険者がその前に出た。
『ここは私たちに任せて、皆さんお先に』
『ああ。三級モンスター程度、俺らだけで十分!』
『コイツらやったら、俺らもすぐ追いかける』
『冒険者ってのは、こうでなくてはなりませんねっ』
『わかったら、早く行けよ!』
フォルテは斧を下げ、その者たちに敬意を払って前に進んだ。
背中の方で鳴り響く戦闘音を後に、魔法で盛り上げられた土の上を皆で走る。
確かあの五人の冒険者は、パーティー【明け方探検隊】だ。
人当たりの良さが有名で、いつだったか酒を奢ってもらった事がある。
持久戦を得意としているパーティーのため、あの場においては彼ら以上にあの状況に適した冒険者はいないということは確かだったろう。
だが……。
フィーネは静かに、ただ唇を噛んだ。
「フィーネ。絶対ヤツを倒すぞ」
「ええ。言われなくても」
彼らのおかげで、ここまで止まること無く進むことができ、フォルテらと【謳う母】の距離はもう二十メートルも無かった。
ここまで来れば、あと少しでヤツに攻撃を仕掛けられる。
だがそれは、ヤツからしても同じ事。
フォルテ、いや冒険者は警戒していた。前のように腕を地面に忍ばせている可能性を。
距離はどんどん縮まっていく。ヤツは変わらず、何もしてこない。
こうなると、冒険者側はヤツの動きを待つしか無かった。
『ダメだ! それ以上近づくんじゃあ無いっ!!』
叫び声が静寂に響く。
その声は少し離れた所からのもので、そしてまるで重めの風邪でも引いているかのように掠れていた。
それはカイネの声だった。
冒険者らは一瞬にして思い出す。カイネがどこから来たのかを……。
「まさか、コイツは誘っているのか。自身の体内に……」
瞬間、ヤツは動いた。
今まで歩いてしかいなかったため皆すっかり、それしかできないのだと思い込んでいたが、その速度は尋常では無く、誰も逃れられなかった。
ヤツのドレスが、ひらりと冒険者らの身体を覆う。
隠れていたため知らなかったが、その中は空洞で、ヤツの身体は見当たらない。
ドレスは裏まで黒い。
冒険者は【暗視の加護】を教会から頂いていため、関係の無い事ではあるが光は完全に遮断されていた。
『おい、何だよコレ……』
一人がそう呟くと、皆ソレに気づいて言葉を失う。
身体が見当たらない、のでは無かったのだ。
そんなもの、初めから見えていた。
ドレスだと思っていた、それはいくつもの顔だった。
真っ黒の顔の形をしたモンスター。それが大量に集まり、まるでドレスように見せられていたのだ。
口が無いのに歌うのも、耐久力が強みなのも、強さに見合わない階層で現れるのも全てこのせい。
【英雄級:謳う母】の正体は、モンスターの集合体だ。
その顔の一部が同時に、歌を止めて口を開く。
その喉の奥から、口の大きさを明らかに超えているサイズの腕が出て、それはフォルテらに襲いかかった。
ヤツの体内での、その攻撃に逃げ場は無い。
どこを見ても顔があり、腕による攻撃は止まる事を知らない。
その上、ここまで密集した空間では、フィーネとフォルテの複合技による波での攻撃は、味方もろとも粉砕してしまう恐れがあって使えない。
万策尽きた。
いや。というよりも、もうフォルテらの作戦はたった今終了した所だった。
「……魔法解除」
フォルテがそう言うと、冒険者らは一瞬にして四方へ吹き飛び、【謳う母】の肉体を突き破った。
実はフィーネの固有魔法、波は既に発動していたのだ。
波が空間に作られる時、伸びる部分と圧縮される部分がある。
当然その波が消えれば、圧縮された空間は外へ向かって移動するだろう。
今のはそれを利用した、擬似的な高速移動。
消費魔力が大きいという問題を抱えてはいるため、フィーネでも何度も使う事はできない強力な魔法だ。
『ピギャャャャヤ゙!!』
【謳う母】は怒ったように叫んだ。
ヤツは歌う事を止め、全ての腕で冒険者を襲う。
「おい、デカブツ。後ろだ、後ろっ!」
ヤツは背後からの声に驚き、後ろを振り向く。
そこにいたのは、サーシスにおぶられたカイネだ。
まだ止まっていない血が宙を飛ぶ。
カイネは残り僅かな力を振り絞り、剣を握った。
「【解放】」
彼がそう言うと剣が光り、【謳う母】の巨体すらも超える大きさの光の剣が生まれた。
その光は魔力によって作られたものというより、純粋なエネルギーを魔力で封じて形にしているようで、まさに未知数の力といった感じだ。
「知ってるかデカブツ? 人にされて嫌な事は、他人にしちゃあダメなんだぜ。俺の固有魔法【蓄積と解放】は、今までのお前の攻撃を覚えているっ。そしてだ、その全ては今解放された!」
【謳う母】は焦って、攻撃に回した腕を戻そうとする。だが、それは間に合わない。
「オラァァァァアアア!!!」
剣は一つの直線を描いて振られた。
【英雄級:謳う母】は見事に切断され、それと同時に剣の光も消える。
ヤツにも痛みはあるのか、喚くようにヤツは叫んだ。
切断面に残された光のエネルギーが暴走し、何度も爆発を起こしてヤツを苦しめ続けている。
そのあまりの威力で煙が立ち込み、それはダンジョン第八階層を覆い尽くした。
カイネによって放たれた渾身の一撃。
ヤツの攻撃を使ったためというのもあるのだろうが、その威力は準一級の域を遥かに凌駕しており、確実に【英雄級】の世界に足を踏み入れていた。
「な、なんて威力だ……」
「凄まじいですね。ですが、油断は大敵。煙を払います! 皆さん伏せて!」
勝利は確実ではあっても、彼らはダンジョンという場所を知っている。
ここで常識が通じると考えてはいけない。
全員息を抜くこと無く、ヤツが消えるのを目にするまで戦い抜く心を決して忘れない。
『うわあぁぁぁああっ!!』
断末魔のような叫びが聞こえ、冒険者はヤツがまだ生きていると認識した。
(なにが起こっている。ヤツは確かに両断された。生きていても、死にかけのはずだ……)
そんなフォルテの想い虚しく、風魔法によって払われた煙の先にいたのは、頭をヤツの腕に掴まれ、砕かれた一人の冒険者の亡骸だった。
『るーるる、るるるる、るーるー、るーるる、るるるる、るーるー、るーるる、るるるる、るーる……』
陽気な歌声とともにヤツは姿を現す。
ヤツの歌声に込められた魔力によって、煙は隅に追いやられ、その全体像が顕になった。
瞬間、冒険者らは理解する。
コイツが生きていた訳を。
別に何も難しい事は無い。答えは至極当然の事。
モンスターの集合体なのだから、全て倒さなくちゃ意味が無い。それだけの事だ。
(こんなの勝てない)
フォルテは心の中でそう言った。
すると、身体が急に言う事を聞かなくなり、勝手にヤツの方へ進んでいく。
フォルテだけではない。
フィーネや他の冒険者も、糸に操られているかのように淡々と歩く。
精神支配。その恐ろしさを彼らは本当に実感した。
頭の中でガンガンと痛みがして、ずっとある音がするのだ。ヤツの歌が聞こえるのだ。
「させるかー!!」
そう叫びを上げながら、ヤツに向かって突っ込んだのはサーシスだ。
【謳う母】は、彼女に対して飽和攻撃を仕掛ける。
ナイフで攻撃を流しながら、上手く立ち回るも背後からの腕に気づけず、身体を掴まれる。
ゴキバキっと、身体中の骨が折れ、内臓の潰れる音が悲しく響いた。
サーシスは血を吐き、そしてフォルテの方を向いて笑ってみせた。
「うおぉぉぉおお!!」
強い意志でフォルテは支配を抜け、その腕を自身の全力の力で切り裂く。
そのまま、無謀にもヤツに向かっていった。
次はフォルテに向けて、飽和攻撃が来る。
当然、避ける方法など無い。
誰もが死んだと思った。
だが、違った。
フォルテは初めから、死など恐れていなかった。
腹に腕が突き刺さる。
しかし、フォルテはそのまま突き進む。
それは勇気。
彼の覚悟は死の恐怖すらも乗り越えた。
「私だって……」
支配は解けていない。だが身体を無理やり動かして、フィーネは魔弾を放った。
それをフォルテは受け、そのまま斧をヤツに振りかざす。
「魔法効果増大っ! うおおおおおお!!!」
その叫びはダンジョン第八階層を埋め尽くし、そして奇跡を呼び起こした。
フォルテの一撃は、【謳う母】の身体の一部を見事に削る。
そして、二打目に移ったとき、彼の身体は限界を迎え静止した。
それは、フォルテ自身にも予想だにしていなかった事だった。
フォルテの身体は、初めの地面からの攻撃を凌いだ時点で既に限界寸前だった。
それをただ夢中で、ここまで動いていたのだと気づく。
ただあと少し、もう少しの間持ってくれていれば、ヤツを倒す事が出来たかもしれなかった。
冒険者が死ぬ時というのは、いつだって負けた時だ。 だからよく、必ず後悔しながら死ぬと言われる。
しかし、フォルテに後悔など微塵も無かった。
挑戦を恐れ、上層から進めずにいた二十年。
その最後に、覚悟を決めて【英雄級】に挑み、追い詰めて、こうも立派に死んでいけるのだから。
「何だ……この音」
死に際の最期の言葉となるかもしれないのに、フォルテはそんな事を口にした。
だが、確かに音がしている。
風が吹き抜けるような、そんな音が近づいて来ているのだ。
突如、【謳う母】の背後の壁が壊れ、光が差し込む。
そうしてできた穴から、飛び出してきたのは五人の少年少女だ。
ズタボロの身体でサーシスは呟いた。
「【疾風の英雄】……」