それは最近、力をつけてきている、この冒険者パーティーの通称だった。
冒険者であるならば、誰でもその偉業を耳にした事があると言われるほど名が売れていて、今最も注目されているパーティーと言っても過言では無いだろう
何もデビューから一年足らずだというのに、既に中層の攻略を始めたらしい。
これはとんでもない記録であり、かの有名な【聖剣】に選ばれた【勇者】のパーティーにも並ぶとかなんとか。
他にも、ほぼ全員が攻撃特化で【特級】にも並ぶ実力があるだとか、言葉通り目にも止まらぬ速さで移動するだとか、パーティーメンバーの一人のリーリエちゃんのミニスカの中はノーパンだとか……。
まあ、ノーパンはともかく、その噂の全てがまるで物語の英雄譚のようだという事と、風魔法を多様するという特徴から、【疾風の英雄】なんて大それた通り名らしい。
窮地に立たされた冒険者らの元へ駆けつけてきたのは、そんな五人だった。
だが、【謳う母】がそんな事を知るはずもなく、ヤツは彼らの事よりも瀕死のサーシスとフォルテへのトドメを優先した。
容赦の無い飽和攻撃が二人を襲う。
「……ポーション。あげます……」
サーシスが瞬きをすると、気づけば目の前には、ポーションを差し出している一人の少女がいた。
ロングの銀髪が特徴的。顔立ちはおそらく綺麗なのだろうが、両目には包帯が巻かれている。身長は百六十センチくらい。
服装は独特で、黒と白を基調としたドレス……いや、メイド服だろうか。
どこかの服屋で高値で売られていた、ゴスロリ? とかいう種類のファッションと酷似している。
身体は細くて華奢。まるでお人形さんのようだ。
そうだというのに、彼女が背負っているのはその身長の二倍はあるであろう巨大な黒の斧。
「危゛な゛い゛!」
彼女の背に向かる襲いかかる腕の存在を知らせようとサーシスは叫ぶ。
折れた肋骨が肺に刺さり、血を吐きながら。
だが、彼女はとんでもない鈍感少女なのか、振り向くような事はせず、そんなサーシスを不思議そうに見つめる。
彼女が死ぬ。
サーシスがそう思った瞬間、彼女は納得したように少し微笑んだ。
「……大丈夫、ですよ。それはもう……終わっていますから……」
刹那、彼女の背後が爆ぜた……いや違う。腕は既に切られていたのだ。
赤子が食べられるほどの大きさに、腕はもうずっと前。そう、おそらく彼女がここまで来るまでの間に完全に切り刻まれていた。
その状態で腕は彼女に触れ、今バラバラに飛び散ったのだ。
これが【疾風の英雄】が一員、大斧使いの【ソリッド】の実力である。
これにより、【謳う母】はソリッドと他の四人を最大の敵として認識し、遂に本気を見せる。
ヤツは歌う事をやめて、全ての顔から腕を放った。
それは、逃げ場の無い攻撃なんて甘いものでは無かった。
それはもう攻撃とは呼べない。
ヤツの全身から放たれた腕は、一瞬にしてこの階層を埋め尽くした。
無差別的なものでは無く、全員もれなく殺すという強い意志の乗ったそれは、攻撃というよりも暴力。暴力というより災害。
「痛っあー。足首捻ったかもー」
「ヘリオス。そっちは全員守れたか?」
「安心して良いよ、ヘルト。もちろん、全員守りきった」
「おい、二人ともっ。乙女が怪我したのに無視かよ!」
第八階層を埋め尽くした災害。
ただし、冒険者の周りだけは何とも無かった。
何故? そんなの明白だろう。彼らの前に立った三人の冒険者が無数の腕から防いだ。もしくは砕いたり、粉々切り裂いたからだ。
「だって君は、足首を捻るくらいじゃ、怪我しないだろ?」
「何だあ、ヘリオスてめえ。喧嘩売ってんのかよ!」
言い争う二人に挟まれた、銀の鎧にボロボロの赤いマント、青髪のリーダーらしき人物、【ヘルト】が指示を出す。
「二人とも今は落ち着け。ヘリオスと俺は、彼らの護衛。あの瀕死の三人がこちらに運ばれるまで、攻撃はリーリエ。途中からソリッドがそこに合流。それで良いな?」
「僕はあまり賢くないのでよくわかりませんが、とりあえず彼らを守れば良いのですね」
「ちょっと、私一人で攻撃!? まあ、良いけどさー。……あっ、そうだ。後ろの方に浮かせていた冒険者いるから、回収しといてね」
それだけ言い捨て、【リーリエ】と呼ばれる冒険者は一人で【謳う母】に立ち向かう。
彼女の言っていた『浮かせていた冒険者』というのが気になり、フィーネが後ろを向いてみると、 五人の冒険者が本当にプカプカと宙に浮いていた。
それは途中、【死民】を相手するために集団から離脱した【明け方探検隊】の五人だ。
彼女の【固有魔法】と思われるものによって浮かされ、あの災害から逃れられたようだ。
フィーネは安堵の溜息をつき、【英雄級】に単体で挑みに行った、心優しき冒険者の背中を眺める。
彼女の背はここにいる誰よりも小さい。たぶん百六十センチも無いだろう。
その服装は、とても冒険者とは思えないほど緩く、 グレーのパーカーに、下は黒のミニスカート。靴に至ってはサンダルだ。
そして、腰にあるのは剣ではなく、刀だ。
ここからでは見えないが、先ほど助けてもらった時には黒のキャップ帽も見えた。
その可愛らしい容姿と、ここがダンジョンとは思わせない服装はある存在を彷彿とさせる。
(め、女神様……)
フィーネは彼女を見て密かにそう思い、両手を合わせた。
「まだ闘いは終わって無いですよ……。皆さん、警戒は緩めないで下さい」
そう言いながら、フィーネらに襲ってきた腕を吹き飛ばし、防いだのは【ヘリオス】とか呼ばれていた男だ。
別に彼の事をよく知っている訳では無いが、彼を見ていると無性に腹が立ってくる。
このパーティーの服装は全体的に変わっているが、純粋にカッコ良かったり、可愛気があったため今までは嫌に思わなかった。
だが、彼だけは別だ。
地味だが、妙に高そうなズボンにTシャツをタックイン。 深みのある赤色のネクタイをつけ、それらの上に黒のローブを着ている。
ラメでも入っているのかと、疑いたくなるほど爽やかな金色の長髪。 耳は若干尖り気味で、左耳に赤い宝石のピアスがある。 睫毛は長く、肌も白くて綺麗。お洒落な丸眼鏡からは知性も感じられる。
いかにもモテ男子。いかにもエリート魔法使い。
そんな見た目をしているから、フィーネのような魔法使いからすれば、憧れを超えて嫉妬してしまうのにも無理は無かった。
だが、フィーネが本当に嫌だと感じたのは、実はそこでは無い。
明らかに魔法使いである見た目の彼の攻撃、それは意外にも拳だったのだ。
彼が使う魔法。というよりも、彼の【固有魔法】は強化系。それも、おそらく身体強化を得意としているのだろう。
次々と来る腕を片っ端から、殴って蹴ってで弾き飛ばしていく。いかにも、綺麗好きっぽい見た目の彼がだ。
男性冒険者は皆、一人の男としてその姿に惚れ 、その事実を否定しようと拒否反応が出て嫌だと感じてしまっていた。
「……ヘリオス。三人、頼んだ……」
いつの間にかフィーネの横にはソリッドがおり、傷だらけのフォルテとサーシス、カイネもそこにいた。
「フォルテ、サーシス! カイネさん!」
急いで彼らの傷の様子を確認する。
サーシスは全身の骨が折れてはいたが、かなりの高性能のポーションを渡されたようで、地上でしっかりとした回復術師に見せれば、冒険者として復帰するのも可能そうな状態だ。
フォルテの方は、抉れた腹の傷は思っていたよりも浅かったらしく、内臓も傷ついてはいない。
ポーションだけで、もうほとんど回復しており、今はただ疲れで気絶しているようだった。
カイネの傷は独特で、ヤツから受けたというよりは、自身の内部エネルギーの暴走によってのものに見える。
その証拠にか、傷は内側で爆発でも起こったかのように出来ていた。
まあ、サーシス同様。回復術士に見せれば、何とかなるだろう。
フィーネは、その少女にお礼を言おうと顔を上げる。 だがしかし、もうそこに彼女の姿は無かった。
あったのは、風の音だけだ。
「これで……、終わらせる」
ソリッドはまるで疾風の如く、腕の隙間を縫うようにヤツとの距離を一瞬にして詰め、背中の大斧を振るった。
刹那、ヤツの全身は一瞬にして崩れ去り、ヤツは遂に完全な塵となって消えた。
残ったのは巨大な一つの魔石だけ。
【英雄級:謳う母】は討伐された。
「まったく。ソリッド! 私が切ったところも結構あるのにオイシイところだけ、持っていって……。ズルいわよ!」
「リーリエ。……ごめん」
「あーもー! 良いのよ、冗談だからっ。あなたは可愛いわねー!」
リーリエはそう言って、彼女の頭を撫でる。
ソリッドは顔を赤く染め、照れくさそうに……ただし嬉しそうな表情を見せた。
「もう終わったか……?」
そう言ったのは、黒いローブをした男。
フードをしていて顔はよく見えないが、何だか感じが悪い。
背中には槍があり、冒険者の中では割と珍しい部類に入る槍使いのようだ。
今まで、どこにいたのかもわからないが、その男は気づけば冒険者らの中に現れた。
「うん。フェリエラ。ちょうど今、終わったところさ」
親しそうにリーダーのヘルトは答える。
「そうか。なら、良いんだ」
これは、フィーネの勘違いかもしれない。
だが、確かに彼が現れてから、【疾風の英雄】のメンバーの間に妙な静寂が生まれた。
そして、気づいた。【疾風の英雄】は五人パーティーだと言う事に。
黒いローブの男。彼こそが五人目、【フィリエラ】。
通称【無能】だった。
コメント
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ここまでがプロローグとなります。 長くなってしまって申し訳ございません。そして、ここまで読んで下さった方々、本当にありがとうございますm(_ _)m 次回以降も、宜しくお願いいたします