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#怪異
阿炎快空
123
リユ
232
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
阿炎快空
111
ナギの計画は順調だった。
約二週間前。
境界街へとやってきたナギは、まっすぐに市場へと向かった。
ナギは商人である生きた樹木から、必要なものを買い揃えた。
虫によく効く〝煙玉〟。
栄養価の高い〝肉の実〟。
そして——植物を異常な速度で育てることができる〝妖精の涙〟。
市場を後にしたナギは、境界街をぐるぐると歩き回った。
裏路地に入って何度も角を曲がったかと思えば、突然来た道を引き返したり、通りを何度も往復したりする。
決して道に迷ったわけではない。
目的地へ辿り着く為には、必要なプロセスなのだ。
そう——街の外れにある山に出現する、異界へと通じる鳥居へ辿り着くには。
ナギは小高い山の頂で、木の陰にその身を隠した。
やがて鳥居の向こうから、一人の少年が自転車を押して現れた。
「ここは、一体……?」
少年は、不安げに周囲を見回している。
どことなく頼りなさげだが、善良そうな雰囲気——あれがきっと、ラジオの言っていたモリヤオサムだろう。
自転車のカゴには、ゴミ袋を乗せている。
死んだサビ猫——オーマの入った袋だ。
モリヤオサムは、しきりに何やらブツブツと独り言を呟いている。
どうやら彼は、死骸と会話ができるようだ。
魔女と共に闘うことになる仲間達ではあるが、声はかけない。
まだその時ではないからだ。
ナギはじっと息を殺して、せっせとオーマを埋める穴を掘るモリヤオサムの様子を窺った。
ラジオ曰く、モリヤオサムは勘が鋭いらしい。
亡霊や、異界の存在が絡む場合は特に。
だが——今に関しては、彼がナギに気が付く心配はない。
この世界に来たばかりの彼は、麓の街にひしめく者達の気配によって、一時的に感覚が麻痺している。
加えて、ナギには彼に対する敵意など微塵もないのだから。
モリヤオサムが自らの世界へと戻って行ったのを見届けてから、ナギはオーマの死骸が埋まっている辺りへと歩を進めた。
腰を下ろすと、巾着袋から目薬のような容器を取り出し、ポタッ、ポタッと土の埋め戻された箇所に垂らす。
〝妖精の涙〟だ。
容器が空になったのを確認し、ナギはようやく安堵の息をついた。
これでいい。
これでオーマは、十日という驚異的なスピードで復活を遂げることとなる。
その理由をオーマに話す必要はない。
いや——むしろ、話さない方がいい。
ラジオは言った。
「愚かで可愛いサビ猫ちゃんは、『私がこんなに早く蘇生できたのは、きっと修さんのおかげに違いありません!』とか勝手に思い込んで、より一層彼を尊敬することになる。その勘違いを利用させてもらうんだ。ちゃんナギが恩を売るより、ずっとずっと効果的だよ」
ナギの計画は順調だった。
開けてはならない扉を開け、一行が罠に嵌った時も、ナギだけは一人冷静だった。
生物の体内を模したようなグロテスクな室内で、ナギは気配を殺し、ナカムラソウゴと蜥蜴人間の闘いをやり過ごした。
〝新月の秘薬〟で姿を消しているナギには、蜥蜴人間達も全く気づかなかった。
ただし——ナカムラソウゴの鬼神の如き闘いぶりは、前もって知っていたナギをも驚かせた。
「何だこいつは……」「人間ではない……」「鬼だ……」「地獄の鬼だ……」
壁面に生じた口達の言葉の通り、その頭には二本の小さな角のようなものが生え始めていた。
(やはり、ただの人間ではなかったか——今の状態の奴であれば、三回に一回は私に勝つかもしれない)
ナギがそんなことを考えている間も、ナカムラソウゴは闘い続け——やがて、青い怪物の拳を受けて倒れた。
オーマはすぐさま逃げようとしたが、あっという間に青い怪物に首根っこを持たれて捕まってしまった。
ナカムラソウゴの全身に浮かび上がっていた血管が消え、角は縮小して髪の中へと引っ込む。
しかし、ナギにはわかっていた。
彼は死んではいないと。
なぜなら、彼が死ぬのはもう少し後だからだ。
赤い怪物が、ナカムラソウゴを担ぎあげる。
次の瞬間、怪物達のすぐ近く——部屋のほぼ中央に位置する床に、赤い魔法陣がぼんやりと浮かび上がった。
怪物達が魔法陣の中に入ると、その姿はふっと掻き消えた。
魔女の元へと瞬間移動したのだ。
役目を終えた魔法陣が、徐々に薄くなっていく。
模様が消えて見えなくなる寸前、ナギは地面を蹴り、何とか円の中へと走りこんだ。
ナギの体を、ふわりと宙に浮かぶような感覚が襲う——
気が付けば、ナギの周囲には赤い空が広がっていた。
黒い立方体の上面——魔女の棲家の、屋上とでも言うべき場所。
その一辺の端っこに、ナギは立っていた。
少し前方を、ナカムラソウゴとオーマを運ぶ怪物二体が歩いている。
彼らが向かう先は、屋上の中央だ。
そこではちょうど、〝宵闇〟の魔女が生贄の儀式を進めていた。
彼女を中心として、上面全体に、真っ白で、巨大な魔法陣が広がっている。
魔女は空に両手を広げ、大声で呪文を詠唱していた。
空に開いた大穴では、〝夜〟が今にもこちら側へ飛び出さんと、勢いよく蠢いている。
(もうすぐだ——もうすぐ、全て終わる)
ラジオの言葉が、頭の中で再生される。
「屋上に上がったら、もうゴールは目前!後は魔女を殺すだけだ。ただ、焦っちゃあいけないよ。〝宵闇〟は用心深いからねえ。考えなしに斬りかかっても、すぐに殺気を気取られて、返り討ちにされてしまう。君が行動を起こすのは、魔女の肩から黒猫が離れたタイミングだ。その時に——いいかい、ここが一番大事だよ——必ず、黒猫を先に仕留めること。なんでかって?ふふ、それは内緒。でも、黒猫さえ殺すことができれば、君の目的はもう果たされたも同然だ。その点は保証するよ」
た・だ・し——と、ラジオは意地悪く笑った。
「その際、君は大きな決断を迫られる。『復讐の達成』と『仲間の命』、どちらを選ぶかの二択だ。『復讐』を選べば——中村蒼梧は死ぬこととなる」
(すまない、ナカムラソウゴ)
心の中で、ナギは詫びた。
(魔女を殺したら、私もすぐに後を追おう。それで許せとは言わないが——私にできる償いは、それくらいだ)
悲壮な決意を胸に、ナギは歩き始める。
家族の復讐と、自らの人生を完遂するために。
ナギの計画は順調だった。
——少なくとも、この時までは。
コメント
1件
「計画」第70話、読み終えました…! ナギの、まるで全てが見えているかのような冷静さと、その裏にある「すまない、ナカムラソウゴ」という覚悟が、すごく胸に刺さりました。ラジオの言葉通り、黒猫を先に仕留めるタイミングと、そこで迫られる二択の重さ。最後の「少なくとも、この時までは」で、一気に未来が不穏になりました。続きが気になって仕方ないです…!