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(拓海くん、明日大阪に帰っちゃうのか‥…)
私はバイトをしたことがないけど、そういった突然の事態もあるみたいだし、大変そうだ。
寂しくなるなと拓海くんの横顔を眺めていると、ふいに視線が重なった。
「なぁ澪、ちょっと散歩しねー?
気晴らしに付き合ってよ」
「あ、ちょうどよかったわ。
それなら牛乳買ってきてくれる?
あと1本しかないの」
私が拓海くんに答えるより先に、冷蔵庫をあけたけい子さんが言った。
「はー、まじかよ。
仕方ねーなぁ。 行こうぜ、澪」
「あ、うん」
「お願いねー!」
けい子さんの声を背に、拓海くんに続いて玄関に向かった。
少し風があるものの、相変わらずの暑い夜だった。
街灯が点々と並ぶ路地に、セミの鳴き声が響いている。
「牛乳くらいさ、母さんが帰りに買って帰ってくりゃいいと思わねぇ?」
拓海くんのぼやきに相槌を打ちながら、私たちは一番近いコンビニを目指した。
コンビニで牛乳のほかに、アイスをふたつ買った。
私はいつかと同じコーンタイプのアイスで、拓海くんはソーダ味のアイス。
「少し寄り道するか」
そう言った拓海くんは、ソーダアイスをかじりながら曲がり角を曲がる。
散歩に誘われた時点で、ただの散歩じゃないことは感じていた。
だけどどんな話があるのか、私にはまだわからない。
着いた先は、昔よく遊んだ公園だった。
小さな東屋のほかに、すべり台があるだけの広い公園。
先客はだれもいなかった。
「あー、最悪だよ。
明日大阪帰らねーといけねーなんて」
東屋の椅子に腰を下ろし、拓海くんはさも面倒くさそうな声をだした。
「大変だね、バイト」
「まぁ世話になってるし、仕方ねーんだけど」
短く笑った後、少しの間が流れる。
お互いの出方を窺うような、奇妙な間だった。
「……なぁ澪。
昼間の話なんだけどさ」
前置きを挟んで、拓海くんはゆっくりこちらを向いた。
「ロサンゼルスに行きたい、本当の理由はなんなの?」
「え?」
「あいつが言ってただろ。
L・Aって聞いて、澪がどういった気持ちでいるかわからないのかって。
ああ言うってことは、その街にただ興味があるっていうだけじゃないだろ」
散歩をしている間中、ずっと拓海くんにどんな話をされるのか考えていた。
今聞かれたことは予想していたうちのひとつだったけど、一番答えづらい質問でもあった。
「澪。どうしてロサンゼルスに行きたいの?
それは……あいつには言えて、俺には言えないこと?」
屋根の下はとても暗くて、お互いの表情はわかりづらい。
それでも拓海くんの目がまっすぐ自分に向いていた。
はぐらかすか、どうするか。
迷いながらも思った。
今みたいに黙ってしまった時点で、半分くらいなにかあると伝えてしまっているも同じじゃないかって。
「……ずっと前にね。
野田家あてに、お父さんから手紙が届いたの。
それがロサンゼルスからで……。
お父さん、それまでどこにいるかわからなかったし、ロサンゼルスにいるなら会いに行きたいと思ったの」
声が震えそうになった。
うつむきながら言ったけれど、気配で拓海くんが驚いたとわかった。
「それって……いつの話?」
「5年前だよ」
どちらともなく黙った。
そのせいで、遠くで鳴くセミの声が大きく感じてしまう。
「……そうだったんだ。
けどどうして、それをあいつに?」
「レイがロサンゼルスからの旅行者だってわかった時に、もしかしてなにか知ってるかもしれないと思ったの。
それで……」
「それで、あいつは澪の父さんのこと知ってたの?」
うつむいたままでも、拓海くんが真正面から見つめているのがわかる。
私はほんの少し躊躇ったあと、首を横に振った。
レイとの話はまだ途中で、なにも確証がない。
「……なんとなく腑に落ちたよ。
ずっと不思議だったんだ。
あいつと澪が、旅行者とホストの関係には見えなかったのがさ」
独り言のように言われ、少し驚いた。
ふたりだと微妙な空気になることがあっても、野田家のみんなの前だと、お互い「普通」にしていたつもりだった。
「俺はあいつが気に入らないけど、あいつがあいつなりに澪を気にかけてるのもわかった。
まぁ、それすらムカつくけど」
拓海くんが冗談めかして笑う。
私も少しだけ笑い返した時、拓海くんが笑みを残したまま続けた。
「けど澪。
あいつを好きになるなよ?」
ふいに言われ、胸の奥を強く握られた気がした。
けれどなんとかつくった笑顔を固定する。
「ま、俺のほうが、すべてにおいてアドバンテージあるし。
べつに心配してないけど」
「……もう、拓海くん。なに言ってるの」
笑っているけど、さっきから私は不自然に笑ってばかりだ。
あと少しでほころびが出そうな、そんな笑み。
「だってそうだろ?
明日大阪に戻るとはいえ、俺はずっと澪の近くにいたし、これからもそのつもりだし。
あいつはせいぜいあと1か月家にいるだけじゃん」
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