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「んあ〜〜〜疲れたぁぁ」
ぐーッと両腕を上げ背筋を伸ばす美桜。そりゃそうだ。もう時刻は午後四時を回っている。お昼ご飯も食べずに読み続けたのだからそりゃ疲れるに決まってる。美桜がずっと読んでいる間俺は洗濯物をしまい、ベッドメイキングも完璧に終え、なんなら手持ち無沙汰で窓のさっし部分まで綺麗に吹き上げたり家事に専念した。
「美桜、そろそろ指輪取りに行くのに支度しよう」
「だね! 着替えてくるっ」
リビングに山積みにされてきた漫画や小説を両手に抱えて可愛らしいちょんまげをフサフサ揺らしながら自室に戻る美桜の後ろ姿を見送り、俺も足速に自室にあるモノを取りに行く。クローゼットの中に隠していたソレを持ち、美桜の部屋のドアをトントンと叩く。
「美桜? もう着替えちゃったか?」
「ん〜? まだだよ。今本しまってた」
ドアノブに手を伸ばし「入るぞ」と言ってからドアを開ける。何しにきたの? と言わんばかりのキョトンとした表情からすぐに顔つきが驚いた表情に変わった。
「りゅ、隆ちゃん……その手に持ってるものは何!?」
「ん? これ? 美桜に似合うと思って。これを着て指輪を取りに行きたいから着替えて。着るが大変だったら着替えるの手伝おうか?」
背中のあいた真っ赤なロングドレスを俺は美桜の為に買ってあったのだ。背の低い美桜でも着こなせる丈の長さを探すのが大変だったけれど、絶対に似合う! と思えるドレスに巡り会えた。
「いやいやいやいや、話ぶっ飛び過ぎちゃってるよ!? どうしたの! そのドレス!」
「いや、だから美桜に似合うと思ったから買っておいた」
「いやいやいやいや、さりげなく私のこと脱がそうとしてるよね!?」
(……バレたか)
「結婚指輪を取りに行く一大イベントなんだからちゃんと正装して行こう。な? これを着た美桜が見たいんだよ」
美桜の右肩に手を乗せ「お願い」とたまには我儘を言ってみる。「わ、わかった……じゃあ着るね、そのかわり部屋から出てね?」と視線を逸らしながらも着てくれる事になった。
「美桜〜? 着れたか? 開けるぞ?」
「わわっ、ちょっと待って!!!」
問答無用でガチャリと部屋を開けると、すぐに視界入る鮮やかで美しい赤色に身を包んだ美桜の姿。普段会社にはふわふわした感じの服、スーパーなどに行くときはスポーティーな服装が多い美桜に、このドレスはいつもとは全く雰囲気の違うセクシーなデザインを選んだ。それはもう大きく背中があいたデザインで、身体のラインが綺麗に出ている。あの真っ白な背中に吸い付いて今にも俺の後を何箇所も残したいくらい艶美だ。
「……すっごく似合ってる。綺麗だ」
「本当? こんなに大人っぽいの似合ってるかな? ちょんまげしてたから前髪ぐしゃくじゃだし」
「凄く似合ってるよ。綺麗過ぎて誰にも見せたくなくなってきたな」
ドレスが皺にならないよう優しく美桜を抱き寄せ美桜が気にしている前髪を指で梳かす。
(ようやく俺の練習の成果が発揮させる時がきたか……)
美桜の手を取り洗面所の鏡の前に立たせる。
「ヘアアレンジは俺に任せて」
このドレス似合うと思って同時購入してあったパールのバレッタを用意し、ヘアアイロンで髪全体をゆるく巻き、ちょんまげでぐしゃぐしゃになっていた前髪を綺麗に櫛で梳かしてから前髪を丁寧に編み込んでいく。最後にバレッタで留めれば完成だ。
「わぁ、凄い可愛い。隆ちゃんって何でも出来ちゃうんだね。やっぱりスパダリだなぁ」
いや、なんでもできるはずがない。この編み込みだって美桜が寝ている時に勝手に美桜の髪の毛で何度も夜な夜な練習したのだ。自分の手で美桜を更に可愛くするってのもいい。
「スパダリって、俺は別に御曹司でもなければ金持ちでも無いよ。さ、美桜の準備も出来たし俺もすぐに着替えてくるから出ようか」
スーツに着替えて、二人でマンションを出る。美桜の綺麗な背中を他の人に見せるのが嫌で薄いサマーカーディガンを羽織らせた。
背筋をピンと伸ばし綺麗な姿勢で車の助手席に乗る美桜につい見惚れてしまう。自分の選んだドレスを身に纏い、自分がアレンジした髪にバレッタ。信号が赤になる度に横を向いて可愛い美桜を一瞬堪能してまた運転する。そんな事を一人で繰り返していたらあっという間にお店に着いてしまっていた。
先に車を降り助手席のドアを開ける。いつもはしないのだが今日は美桜がドレスで動きづらいことを想定して先回りして動く。「ふふっ、お姫様になったみたい」と無邪気な発言をしながら車を降りる美桜に俺は胸がキュンと痛くなる。
(か、可愛すぎるだろ、俺の奥さん。こんなに喜んでくれるなら毎回助手席のドア開けるわ……)
久しぶりに訪れたジュエリーショップはやっぱり緊張感の漂う品溢れる空間。すぐにスタッフの方が気づいてくれ「高林様、御来店ありがとう御座います。只今お持ちいたしますね」と案内してくれた。たった一回しか来店してないのに客の顔を覚えてくれているなんて、プロフェッショナルだな……
ほんの数分待っただけなのに「大変お待たせ致しました」と先程のスタッフの方が小さな箱を大切そうに運んできてくれた。その心遣いだけで嬉しく、心がホッとあたたかくなる。
箱を開け派手に大きな宝石がついているわけではないのに煌びやかに輝いて見える指輪が二つ並んでいる。「では、ご確認下さい」とスタッフの方に言われお互いに刻印された文字を確認し、「大丈夫です」とスタッフに伝えた。
丁寧にラッピングされ、上品で光沢のある紙袋にそっとしまわれ「おめでとうございます」と手渡された指輪。嬉しくて美桜と顔を合わせ微笑み「ありがとうございました」と御礼を伝えて店を出た。
ほんの数十分のやり取りだったが今日という日を盛大にスタッフの方に祝ってもらったような気がして嬉しさで身体中が充満されたような高揚感で満ち溢れた。
「なんだか凄い緊張しちゃったなぁ。ねぇ! 隆ちゃんは指輪の裏になんて刻印したの? 出来上がってからのお楽しみって言ってたよね!」
シートベルトを締めながら俺の刻印した文字が気になるらしく問いただされる。俺だって美桜がなんて刻印したか気になるけれど言うタイミングは今じゃない。「ん〜なんだったかなぁ〜」と誤魔化した。もちろんそんな返答じゃ納得しない美桜は何度も聞いていたが誤魔化し続けた。