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段々と陽が落ちて薄暗く、街頭の明かりがざわつき始めた。すれ違う車のヘッドライトの明かりが更に街を明るくさせるが目的地に着いたときにはもう既に空は真っ暗で闇の中にポツポツと光る星が街の人工的な光に負けじと輝いていた。
「ん、着いたよ」
「へ? ここって隆ちゃんとお見合いしたホテル? どうゆーこと?」
「今日はここに泊まるよ。結婚祝いをしようと思って予約しておいたんだ」
美桜と初めて出会ったこの場所。この思い出のホテルで美桜と今日という大切な夫婦としての門出を祝いたい。もう十八日に入籍すると決めた時にこのホテルのスイートルームを予約しておいたのだ。
「本当!? 嬉しいなぁ。ありがとう隆ちゃん」
「じゃ、行こうか……」
お姫様と言おうとしたけど恥ずかし過ぎて言葉を飲み込んだ。代わりに助手席のドアを開け手を伸ばすと嬉しそうに微笑みながら俺の手をとる美桜。控えめに言って可愛すぎる。いや、今日は綺麗すぎる。
初めて出会ったこのホテル。四階のラウンジの様子が少し見たいと美桜が言うのでエレベーターではなくあえてエスカレーターで登る。見えたラウンジはなんだか懐かしいく感じる。
(っても一回しか来てないけどな)
「あ、あの人達もお見合いかな? 私達みたいに上手くいくといいね」
「だな」
周りに聞こえないよう耳元に話しかけてくる美桜が可愛すぎる。ここがエスカレーターじゃなければ抱きしめてキスしてしまっていただろう。公共の場だ、とグッと我慢した。
(あ〜早く部屋に入って思いっきり美桜のこと抱きしめてぇ)
予約していたホテルの最上階五十二階のスイートルーム。六階からエレベーターに乗り換えカードキーに記された5020号室へ向かう。
「五十二階までだとかなり長いね。こんなに長くエレベーターに乗ったの初めてだよ」
「俺もだよ。こんだけ高いと部屋から見える夜景が楽しみだな」
夜景と言う言葉に美桜はピクッと反応した。パァっと目を輝かせ「夜景が見えるホテルなんて素敵すぎるっ! 漫画みたい!」なんて無邪気に喜んでいる。
(そういえば美桜が読んでいた漫画で確か夜景の見えるホテルの窓際でヤッてたシーンがあった気がするな……なるほどね)
俺が思うにそのシーンと今の自分の現状を重ねているのか美桜の白い頬が少し頬が紅潮している。もし期待しているのならそれに応えないとな、と俺も気合が入る。
長いエレベーターを乗り終え2050号室の前に立つ。フロントで受け取ったカードキーをゆっくりと差し込むとピッと鍵が解除された音。ドアを開け「どうぞ」と美桜を先に部屋に入れる。なんだか少し緊張ぎみで「お、お邪魔します」なんて言いながらお辞儀して部屋に入る美桜。
「りゅ、りゅりゅりゅりゅーちゃん! 恐ろしいくらい綺麗で豪華でゴージャスでスイートだよぉぉ!」
美桜の興奮していつもより少し甲高い声が部屋に響く。そりゃ綺麗で豪華でゴージャスでスイートに決まっている。人気なホテルのスイートルームだけあって金額がえげつなかった。(指輪同様金額は聞かないでくれ……)けれど金額相応の広々とした部屋に部屋の一面は大きな窓ガラスで東京の大迫力パノラマ夜景を一望できる。ベッドだって一番大きいキングサイズでどんな体位でも大丈夫。(って下心丸見えだよな)
部屋の中をバタバタと早歩きで見渡しながら興奮しっぱなしでなんだかずっとゴージャスだ、スペシャルだ、凄い、やばい、と連呼している。なんだかマンションに初めて越してきた日を思い出す。あの日も美桜は部屋に入るなり喜んでパタパタと部屋の中を見渡しながら凄いと喜んでいた。まだ一ヶ月も経っていないのに懐かしく感じてしまう。
「喜んでもらえたなら良かった。美桜、夜景も凄いからもっと窓際で見よう」
窓際に移動し「おいで」と美桜を引き寄せ両腕の中にすっぽりとおさめる。ガラスに反射して映る美桜のドレス姿。夜景に見惚れてうっとりとした表情。もうこのまま飾っておきたいくらい綺麗だ。
「隆ちゃん、凄い綺麗だね。思わずボーッとしちゃったよ」
「だな。美桜、俺と結婚してくれてありがとう。これから二人で楽しくお爺さんお婆さんになるまで一緒にいような」
絶対に離さない。ギュッと抱きしめていた腕に力が入る。
「私の方こそ、隆ちゃんと出会えて良かった。お爺さんになっても一緒に漫画読んでくれる?」
ふふ、と冗談混じりに笑い、でも俺は「勿論」なんて返事をした。
「美桜、左手出して」
彼女の左手をそっと取り、広げられた手のひらは俺の手より一回り以上小さくて可愛い。女性らしいすらっとした左の薬指を優しく触る。この指に俺の物だという印がつけられると思うと嬉しくてなんだか少し泣きそうになった。
「指輪交換しよっか」
「うん。隆ちゃんはなんて刻印したの? ずっと気になってた」
「はは、そう言えばそうだったな。じゃあ、一緒に見ようか」
指輪を交換し合い「せーの」で裏の刻印を見る。俺の指輪には美桜からのメッセージ「ダイスキ」が刻印されていた。驚きと嬉しさで思わず笑みがこぼれる。だって俺も同じまま「ダイスキ」を美桜の指輪に刻印したのだから。あえて英語でLoveでもなく、アイシテルでもなく、普段から口に出して伝えている「ダイスキ」をメッセージに選び刻印した。
「わ、私もダイスキ……っぐす、お、同じぃ。うっ、隆ちゃん……大好き」
ポロリと大きな粒を瞳から落とす姿が大きな窓ガラスに反射して映し出される。あぁ、なんて愛しいんだろう。美桜の感情、表情、行動、全てが愛しい。頬を寄せあい、優しく頭を一定のリズムで撫で続ける。
「美桜、大好きだよ」
彼女の左手を優しく握り指を開く。そっと薬指に指輪を通すとピッタリはまった。彼女の指に似合うシンプルなデザイン、俺の美桜。やっと堂々と結婚しました。俺の妻です。俺の。そう言える。
「隆ちゃんも手出して?」
左手を広げ冷たい金属が左薬指に通る。そのまま美桜の指と自分の指を絡めた。二つの指輪がこの夜景にも負けないくらい今一番輝いて見える。