テラーノベル
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開店直後、秋の行楽前の週末だけあってお客さんが順に来られた。
私は店の奥で三岡先生に電話をしてみる。
挨拶したあと
「先生、今事務所ですか?」
‘そうだよ。どうかした?行こうか?’
「いえ、私が事務所まで伺います」
‘…東京から来るの?’
「もう来てるんです、間宮兄弟の店まで」
‘そうか…颯佑くんと来たんだね?じゃあここで待ってるよ’
先生は、電話でもわかる嬉しい声で言ってくれた。
お客さんが帰ったタイミングで、私の自転車を店から出す。
「三岡先生いるって?」
「うん、行ってくる。駅前のどこかでお弁当買って帰ってくるよ。佳ちゃん、お昼は?」
「一緒に買って来て」
佳ちゃんは私に5千円札を渡し
「うまいもん沢山買ってこいよ。デザートもな」
そう言う。
「リョウ、佳祐の奢りだって。豪華弁当買って来て」
「そんなのどこで買える?三岡先生に聞こうか…じゃあ、いってきます」
「気をつけてな」
歩ける距離を自転車で走る。
うん、気持ちいい…!
帰ってきたんだ、私。
以前と同じ場所へ自転車を止めると、ここで働いていた記憶が鮮明に甦る。
何度この階段を走っただろう。
銀行や郵便局の閉まる前にダッシュしたことが何度もある。
「先生、こんにちは」
「ここで会えるなんて…感無量だ。おかえり、佐藤さん」
「ありがとうございます。ただいま」
他に一人先生が来ておられて再会をとても喜んでくれたが、すぐに自分の用事は終わったからと帰られた。
三岡先生に代理人をお願いしていたのは、颯ちゃんと一緒に暮らし始める時点で終わっているので、定期的に会うことがなくなっていた。
それから今までの話、お母さんの突撃訪問や、先週お兄ちゃんのところで会ったことをおおざっぱに話すと
「お母さんには申し訳ないが、お母さんのことはどうでもいいんだ。私への依頼者である良子さん自身が幸せなら、北海道へ行こうが沖縄へ行こうが海外へ行こうが私は構わない。私が関わった人は幸せにならないといけないから。そう思って…実は東京の次の場所も目安をつけていたんだが、大丈夫そうだね」
そう言い、一通の通帳を私に差し出した。
「もう大丈夫だろう。私への報酬は頂きました。お返しします」
宝くじの当たった分だけの通帳を作り、代理人の三岡先生に預けていた。
中身を見ると
「先生…これは……?」
報酬は引かれておらず、預けた日のままの金額になっている。
「佐藤さんのご両親から、十分な依頼金を頂きましたので」
先生は目尻にシワを寄せて穏やかに私に告げた。
「ご両親に愛されてますよ、良子さんは」
「そうなんですけど…たまに落ち着かないんです、母と話すと」
「大いにあり得ることですね」
三岡先生はゆっくりと頷き言葉を続ける。
「実の親子ほど遠慮がない。そして根本的なところが似ていて鼻につく。他人になら一拍考えてから放つ言葉をストレートに伝えてしまう。遠慮がないから」
「はい…」
「そして何度かお会いしたお母様は非常に生真面目でいらっしゃる…そうお見受けしました。良子さんは生真面目ではなく真面目。似ているようで違う。しかしお母様からすれば私に良く似た生真面目な子。だからこういう風に思うはず。そう考えて言葉が口をつく」
「…はい…」
「小さな頃は良子さんもそれで良かった、お母様の考えと同じように思えた。でも一度距離が出来ると…お父様のところへ行かれると、その時点で自分との違いが明らかになったのでしょう、だから今の距離で生活していればいいんです。きっかけは何であれ、完全に親離れ、自立したんですよ」
そうかもしれない。
家があって水道光熱費を出してもらっていた生活から、私は完全に自立したんだ。
コメント
1件
三岡先生のお話で腑に落ちました。 同じマジメでも生真面目と真面目は違う、うん違う。親子って遠慮がないからついね言わなくていい事まで言ってしまったり…。 良子ちゃんは両親から愛されてる。その愛情を受けたまま自立したんだよ。そして幸せになった、続いてるんだよ🥹ね!三岡先生! 豪華なお弁当デザート付きを買って帰ろう!佳・颯ちゃん兄弟が昔から変わらずの笑顔で『おかえり』って言ってくれるよ😭