テラーノベル
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金曜の夜。角実屋フーズ本社近くの居酒屋は、いつにも増してにぎやかだった。
個室に通されると、上座から企画宣伝部長の瀬戸林太郎が声を張り上げてきた。
「遅いぞ、新沼くん!」
新沼晴永は静かに黙礼し、「すみません」と告げると、すぐさま人数と注文内容を最終確認した。
出掛けに取引先から電話がかかってきたから……という言い訳はしない。
鍋の位置、飲み放題のメニュー、そして席順。
上座に部長、その隣が自分。そこからひとつ空けて――小笹瑠璃香。部下たちの配置も整っている。
予定どおりだ。
「課長、氷、多めにお願いしますって厨房に言っときました!」
「助かる。新人たちは甘いのから入るだろうからな」
自分と一緒に幹事をしてくれた部下へ礼を述べながら、晴永は小上がりの奥に視線をやる。
脱ぎ散らかされた皆の靴を脇へ避け、きちんと揃えている影が見えた。瑠璃香だ。
靴を触ったからだろう。一旦外へ出て手洗いをしてきたらしい彼女は、席に着く間もなくトングや取り皿の数まで黙って整えている。いつもどおり、周りが気づく前、誰かに指示されることもなく自然に動いている。
瑠璃香が、彼女を見張るみたいに目を光らせている自分のことを〝鬼監督〟と陰でぼやいていることは知っている。だが、たまたま瑠璃香の席が晴永の席の真ん前なんだから仕方ないではないか。
晴永だって、最初は見ようと思って見ていたわけではない。
目の前にいるから目に入っていただけ。そのせいで、気になることがあるたびつい声を掛けて指摘せずにはいられなかった。それだけのことだ。
(あれだって俺はお前を良くしてやろうと……)
というのは晴永の課長としての上司心みたいなものだったのだが、年若い瑠璃香としては相当にストレスだったんだろう。
配属されて数ヶ月は、チラチラと晴永の方を気にして身を縮こまらせていた。
そんな瑠璃香だったけれど、五年も経った今ではさしてこちらの様子を気にしなくなった。……ばかりか、逆に晴永に対して「課長は言い方がきついんです! 鬼監督ですか! 体育会系ですか!」と言い返すようになってきた。
それは常々上役からも気を付けるように言われていたことでもあったので、晴永としては言い返しようがなくて……。
グッと言葉に詰まるたび、瑠璃香から「そんなことじゃ、パワハラで訴えられますよ?」と吐息交じりに心配されてしまっていた。
彼女のように晴永に言いにくいことをズバズバ言い、周りに対して細かい気遣いを自然にできる社員は多くない。
そんなところを、晴永は好ましく思うようになっていた。
(何より可愛いしな)
まぁ要するに晴永にとって、小笹瑠璃香という女性は好みのタイプなのだ。面と向かって正直に言うのは照れ臭くて無理だけれども――。
「じゃあ、部長、乾杯の音頭をお願いします」
幹事をしてくれた社員の目配せで、晴永がすぐそばの部長へそう促した。
「おお、全員揃ったか。――皆、グラスは手に持ったか? 行くぞ? かんぱーい!」
普段はもう少し威厳のある六〇代の部長だが、飲みの席では割と気さく。そんな上司のダミ声が弾ける。
あちこちでジョッキがぶつかり、泡がこぼれ落ちた。この四月に入社したばかりの新人たちは、緊張と期待で表情を固くしている。
そんな彼らに、瑠璃香が場を和ませるみたいに話しかけているのが見える。
瑠璃香の手元にも、男性陣と同じく生ビールのジョッキが置かれていた。
(今日は飲みすぎるなよ?)
瑠璃香は結構お酒が好きらしく、飲み会になると割と沢山酒を呑む。
それを知っている晴永は、乾杯と同時に中ジョッキの半分くらいを飲み干している瑠璃香のグラスを見て、ソワソワした。
「じゃあ、そろそろ自己紹介いこうか」
幹事の部下の音頭で、新入社員らの自己紹介が始まる。
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