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これ、どこのマットレスだろう……。

あんまり高くないといいなぁ。

けど、こんなに寝心地がいいんだから、やっぱり高いよなぁ。

そもそも、ホテルのマットレスって、市販されてるもの?

ホテルはホテルでも、ラブホのなんて――。


ふかふかのベッドに身体を沈め、覚醒しきらない頭でそんなことを考えた。

シーツと布団カバーが身体を包み、サラリと撫でられると少しひんやりして気持ちいい。

昨夜、あんなに汗をかいたのに、さっぱりしている気がする。

汗が冷えたのかもしれない。


あ、家に電話してないや。

同級生たちと飲み会だって言ってあるし、四十近いバツイチの娘が帰らなくても、寝ずに待ってたりはしないか。


乗り気じゃなかった私に、たまには外に出て遊んで来いと言ったのは母だ。

離婚して実家に帰り、何もない部屋に引きこもり、夜になるとふらりと出て行き、二時間もしないで帰って来る娘は、ほろ酔い加減。

さぞ、うんざりしていただろう。

その挙句、酔って階段から落ちて入院だ。

恥ずかしいなんてもんじゃない。

なのに、お父さんもお母さんも、私を責めたりしなかった。

ただ、「大怪我じゃなくて良かった」「入院中に気持ちを切り替えなさい」とだけ言った。

離婚を報告した時もそうだ。

子供を置いて帰ってきた私の話を黙って聞き、「わかった」とだけ言った。

私は真似できないと思う。

自分の娘が同じ状況になったら、きっと、「それでも母親か」と責めるだろう。


あ、もしそうなっても、梨々花りりかは私のところには帰ってこないのか……。


太腿がじんわりと温かい。


それ以前に、花嫁姿も見られない……。


太腿の熱が、下腹部に広がる。


湊《みなと》は元気かな……。


足の間にちくりと痛みが走る。

皮膚が引っ張られるような痛み。


せめて、梨々花の入学式に出たかったなぁ……。


私の代わりに、あの女が入学式に出たのだろうか。


継母ははおやとして――――。


「白髪、はっけーん」

「ないわよ! 染めたばっかだし!!」

私は反射的に上半身を起こした。

「いっ――」

鋭い痛みが足の間に走る。

「うおっ」

私の腰のあたりに座っていた匡が、仰け反る。

「何やってんの!?」

私は、痛みを感じた足の間を手で押さえる。

そこで、気づいた。

裸だ。

なぜなら、私の手に触れたのが、下生えだからだ。

慌てて、身体の横に丸まっている掛け布団を引っ張って身体を隠す。

今更だが、自分の図太さに驚く。

元カレと、流されるままセックスをして、熟睡どころか爆睡できるなんて。

だが、まずそれは置いておいて、この状況だ。

「何やってんの!?」

匡はバスローブ姿で、髪はしっとり湿っている。

「白髪探し?」

「だから、白髪なんて――」と言いかけて、ハッとした。

そして、痛みを感じた場所に意識を集中する。

同時に、匡がニヤリと笑って右手を上げた。親指と人差し指で何か摘まんでいるような仕草をして。

「――サイッテー!!」

「お前も探す? 俺の白髪」

そう言いながら、匡がもう片方の手で自分の足の間を指さす。

バスローブを押し上げてこんもりしているソコを見て、私は手元の枕を彼の顔に投げつけた。

「なんで勃ってんのよ?!」

「――っわ!」

匡は腕で枕から顔を庇い、払い除ける。

それから、ニヤリと笑って私の腕を掴み、引き寄せた。

「俺が朝強いの、知ってるだろ?」

そうだ。

匡は起き抜けのセックスが好きだった。

私は彼の体力についていけず、一日身体が怠いのは嫌だと言ったが、三回に一回は受け入れてしまった。

それも、十六年も前のこと。

私も彼を真似て口角を上げ、ニヤリと笑い返す。彼の目を見たまま。

そして、バスローブの上から、硬く勃ち上がったモノを握った。

ギュッと、力いっぱい。

「私が朝嫌なの、知ってるでしょ!」

痛くはないはずだが、痛いことをされては敵わないと思ったのだろう。匡は両手を顔の横に挙げて、降参の意を示した。

「数年振りの復帰戦を引退試合にしたくないんだけど」

「私の中で逝きたいんじゃなかった?」

「なんか……かなり認識がズレてる……みたい?」

頬を引き攣らせて、匡がぎこちなく笑う。

私はパッと手を離すと、一糸纏わぬ姿でベッドから出た。そして、さっきまで握っていたモノを指さす。

「私がシャワー浴びてる間に、ソレ、しぼめといてね?」

「言い方よ……」と、匡が呟いた。

ふふっと笑うと、私はバスルームに向かう。


あ、着替え。


ベッドの下に散らかった服を拾おうかと、ドアノブにかけた手を止めた時。

「千恵、子供はどうした?」

不意の問いに、ギクリと肩に力が入る。

「なに、急に」

振り向けず、ドアを見つめたまま。

声に力がなかったかもしれない。

「いるんだろ? 子供」

「いるよ?」

「どこに?」

「……」

ドアの木目が滲む。

私はハッと小さく息を吸って、ごくりと飲み込んだ。

「置いてきたの、父親のところに。仕事もないし、育てられないから」

「ち――」

早口で言い捨て、私は勢いよくドアを開け、勢いよく閉めた。

そして、洗面台の横にある、二つ折りのドアの中に入る。

レバーを上げて熱いシャワーをかぶる。


なんで急に、子供のことなんて――。


思い出さないようにしていた。

少なくとも、匡に抱かれている時は忘れていた。


梨々花、湊……。


元気にしているだろうか。

梨々花は、中学校生活に慣れただろうか。

塾でも褒められていたし、授業についていけないことはないだろうけれど。

部活には入ったのだろうか。

受験勉強のためにやめるまではピアノを習っていたが、中学校では吹奏楽部に入ってフルートを吹いてみたいと言っていた。

湊は喘息の発作を起こしていないだろうか。

継母は毎晩の薬を忘れずに飲ませてくれているだろうか。

定期診察を忘れていないだろうか。

毎週、布団カバーとシーツ、枕カバーを洗って、布団乾燥機をかけてくれているだろうか。

給食は残さず食べているだろうか。


電話くらいなら……。


ダメだ。

子供たちが私のいない生活に慣れるまでは、連絡を絶つ約束だ。


母親わたしのいない生活じゃなくて、継母《あの女》のいる生活に慣れるまで、よね。


ふふっと笑うと、お湯が鼻に入った。

ツーンとして、口を開く。

笑えない。

母親が親権と養育権を得た場合、父親が養育費を支払い、面会する。

だが、父親が権利を得た場合、養育費の支払いは求められず、更に、既に継母がいる場合は新しい家族での生活に慣れるまでは面会を自粛するように言われる。

他の事例はどうかわからないが、私はそう決められた。

子供たちにいらないと言われた私は、その決定に抗う術も気力もなく、連絡を待つだけの日々を受け入れた。

だって、私には何もない。


生みの母であること以外、何も――――。


「千恵?」

名前を呼ばれてハッとした。

どれくらいお湯を浴びていたのか、肌が熱い。

「千恵、開けるぞ」

返事をする前にドアが開く。

「どんだけ入ってる? シャワーでものぼせるぞ」

お湯が止められ、お湯の代わりにタオルを頭からかけられた。

ゴシゴシと髪を拭かれる。

私は目を伏せたままで、視線の先のソコは既に存在感を失っていた。

「どうして……私を抱いたの」

聞きたいことはたくさんあるのに、口をついたのは答えがわかりきっている問いだった。

『慰めてやろうと思って』

「ずっと、欲しかったから」

「……え?」

顔を上げ、十六年前に別れた男の目を見た。

彼の目には、私が映っている。

「信じなくてもいい。ずっと、想ってた」

そう言った匡の表情は真剣そのもので、信じなくていいと言ったくせに、信じろと訴えているようで。


違う。

信じて欲しいと、乞うている――。


惹き込まれる。

あの頃の私は、いつもふざけている匡の真剣な表情《かお》に弱かった。

そして、今も弱いと、たった今気づいた。

だが、ここで流されても何も生まれない。

「結婚したのに?」

私はバカにしたようにふっと鼻で笑った。

だが、匡の表情は変わらない。

「結婚したけど」


ダメだ。

子供を捨てた私が、救いを求めるなんて――。

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