胃を誰かの手に握りつぶされているような不快感と共に目を覚ます。
自宅のベッドにうつ伏せで横たわっていた。蒸し暑くて、サイドテーブルのエアコンのリモコンを掴んで冷房のボタンを押す。
もう、太陽は昇りきっている。
昨晩は頭痛とアルコールの興奮と……最低の出来事のせいでいつまでも寝付けなかった。そのせいで、時差ボケのようにぼんやりする。
あれだけ飲んでも二日酔いがないのは我ながらすごいと感心する。
胃は空っぽになりすぎて締め付けられている。
ベッドに起き上がり、ふと床に投げ出されたバッグを見下ろす。中のスマートフォンを改める気力が湧かなかった。
とりあえず何か胃に入れようと思ったが、自宅には食べたいものがない。
億劫だが外で食べることにする。
行きつけの、近所のカフェ。
折角の週末だから満喫しなければ、少しでも。
スマホチェックの気力を養うために、特別濃いめにコーヒーを淹れてもらおう。
ショートボブの髪に寝癖がないことだけ確認してブラシで解き、さっと洗顔と軽いメイクをして着替える。白い半袖のシンプルなTシャツに、細身のパンツ。
ショルダーバッグを斜めがけにして目を逸らしつつスマホを突っ込み、部屋を出た。
5分ほど歩くと、目的のカフェに着く。
「カフェ・ヴィラージュ」。
住宅街の一角にある、真っ白いシックな建物。
上質なコーヒーとスイーツが、それほど高くない値段で楽しめるから老若男女問わず人気がある。
ガラス張りのドア越しに店内を覗き込む。
――席はぽつぽつ空いていそうだ。
中に入ると、カウンター奥の女性が雪緒を見つけて、激しく手招きをした。
「雪緒ちゃん! いいとこに! 神様仏様雪緒様!」
雪緒は苦笑いしてそちらに歩いた。予想はしていた。
「わかったわかった。レジ打ちすればいい?」
「お願いしますぅー!」
「エプロン借りるよ」
「何枚でもつけてぇ!」
「1枚でいいよ」
一旦奥のドアからバックヤードに入り、半ば雪緒の専用となりかけている黒いエプロンを付ける。すぐに店に戻り、会計を待つ客の前に走った。
――雪緒の本業は、ITエンジニアであって、カフェ店員はボランティアだ。
たまたま、引っ越した先の近所にあったカフェの雇われ店長が、会社の先輩の妹だった。
その縁もあり、便利な場所だしコーヒーも美味しいので通ううちに、混雑時に手伝いをするようになっていた。