テラーノベル
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カーテンの隙間から差し込む眩い朝陽が瞼を刺し、私はゆっくりと意識を浮上させた。
まだ夢の中にいるような、ふわふわとした頼りない浮遊感。
けれど、目覚めた瞬間の唇に残る微かな熱と
鼻先をかすめるあの爽やかな木々の香りが、昨夜の出来事が夢想などではなく
紛れもない現実であったことを残酷なまでに突きつけてくる。
(…キス、されたんだ。本当に、アイン様に……)
思い出した瞬間、心臓が爆発しそうなほど跳ね、シーツの下で全身がぶわりと熱くなる。
「演技じゃない」と言った、あの耳元に響く低くて掠れた声。
私の顎を強引に、けれど震えるほど優しく持ち上げた、指先の確かな感触。
どうにか火照りきった顔を隠そうと枕に顔を埋めた
そのとき
頭上から聞き慣れた声が降ってきた。
「おはよう、シンデレラ」
「えっ……ア、アイン様!?いつからそこに?!」
私は弾かれたように跳ね起き、乱れた髪を必死に手で押さえた。
驚きで目を見開いた私の前に立っていたのは、銀のトレイを自ら持ったアイン様だった。
いつもなら数人の侍女が恭しく運んでくるはずの豪華な朝食を
一国の第一王子である彼が自ら給仕のように運んできたことに、私は一瞬、呼吸を忘れて言葉を失う。
アイン様は驚愕する私を気にする風でもなく、ベッドの傍らまで悠然と歩み寄ると
重厚なサイドテーブルにトレイを置き、当然のような顔をして私のすぐ隣に腰を下ろした。
「あまりに可愛らしく眠っていたから、起こすのが惜しくてな。ほら、君の好きな焼きたてのクロワッサンと、淹れたての紅茶だ」
「あ、ありがとうございます…でも、どうしてアイン様がこのようなことを…」
慌ててシーツを整え、彼との距離を取ろうとする私を、アイン様の大きな手が優しく制した。
彼はそのまま、私の乱れた髪を指先で丁寧に梳き、耳の後ろへと流す。
指先が私の肌に触れるたび、そこから小さな火花が散るような衝撃が走る。
そのあまりに自然で、かつ親密すぎる動作に
昨夜の記憶が鮮明に、より色彩を増してフラッシュバックしてしまった。
「……っ、あの……アイン様」
喉元まで出かかった言葉が、猛烈な羞恥心と混ざり合って震える。
けれど、このまま何も聞かずに「演技」や「気まぐれ」として流されてしまったら
私の心はもう二度と元の形には戻れない。
私はぎゅっとシーツの端を握りしめ、俯いたまま
消え入りそうな声で、けれど必死に言葉を紡いだ。
「昨夜のこと…どうしても、忘れられません……っ」
「…忘れてくれと言っただろう」
「あんな、あんなこと好きな男の人にされて……平気でいられるわけないです……!」
一気に捲し立てると、私の髪に触れていたアイン様の指がぴたりと止まった。
部屋がしんと静まり返る。
顔が熱くて、今にも火傷しそうだ。
それでも、一度溢れ出した想いはもう止まらない。
「演技じゃないって、どういう意味なんですか…私は、ただの代わりで、便宜上の妻で……それ以前はただの侍女でした。なのに、あんなに優しくして、あんな…気を持たせるようなことされて……」
「アイン様の本当の気持ちが、私には分からなくて…本当は、すごく怖いんです……っ」
涙声で訴えながら、私は勇気を振り絞って彼を真っ直ぐに見上げた。
そこには、昨夜の激情を秘めた瞳よりも
さらに深く、昏く……それでいて、この世の何よりも甘い執着を宿したアイン様の顔があった。
「……怖い、か。そうだな。君をそれほど不安にさせてしまったのは、俺の落ち度だ。言葉が足りなかったな」
アイン様はふっと自嘲気味に、どこか満足げに笑うと、私の火照った頬を大きな両手で包み込んだ。
逃げ場を完全に塞ぐように、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「シンデレラ。君は、俺が誰にでもあんなことをする男だと思っているのか?……他の誰でもない。あの日、煤だらけの君を見つけたときから、俺の瞳に映っているのは君だけなんだ」
至近距離で囁かれる言葉のひとつひとつが、重低音の響きとなって私の鼓動を狂わせる。
「えっ、そ、それって……」
ウブな私には刺激が強すぎるほどの
隠そうともしない「男」としての剥き出しの熱が、彼から伝わってきて──。
「もう一度、教えようか。……俺の『本気』が、どれほどのものか」
そう言ってアイン様が再び顔を寄せた瞬間
昨夜よりもずっと深く、そして熱く
二度と逃がさないという猛烈な意志を孕んだ香りが、私を甘やかに包み込んでいった。
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