土曜日の午後。
元貴の部屋に、ギターケースと、ピアノの譜面ファイルと、
そして少し緊張気味の滉斗と、穏やかな笑顔の藤澤先生が揃っていた。
「すごいな、ここ……本当に本格的」
部屋の片隅に置かれたスピーカーやモニターを見て、先生が感心したように言う。
「え、これ全部、元貴くんが自分で?」
「うん。基本は家でDTM使って録ってる」
「高校生でこれはすごいよ……正直、プロ並みじゃない?」
「……そう、なのかな」
ちょっと照れくさい。けど、嬉しかった。
—
「じゃあ、早速やってみようか。“恋と吟”のセッション」
滉斗がギターを抱え、先生は持参した小型キーボードをセット。
元貴はマイクスタンドを用意して、少し部屋が手狭になった。
「最初は僕がカウント入れるね。3、2、1——」
“不意に寂しくなった時
隣に君が居ればなあ”
ギターとキーボードの音が重なる。
そして元貴の声が、その上にそっと乗っていく。
先生の演奏は、さすがの安定感だった。
揺れず、支えてくれるような和音の運び。
滉斗のギターも、以前よりずっと落ち着いていて、
しっかりと元貴の歌を“包んで”くれていた。
(……音が、ひとつになってる)
そう感じた瞬間、胸がじんと熱くなった。
—
“また君を思い詞を綴れど
恋の歌の様に綺麗じゃないな”
歌いながら、ふと視線をあげると、
滉斗がそっとこちらを見て、頷いた。
(大丈夫、って顔してる)
元貴はそれに微笑み返して、ラストまで一気に歌いきった。
—
「……はい、オッケー!」
演奏が終わった瞬間、部屋の空気がふわっと和らぐ。
「いや、すごいよ。ほんとに良い曲。キーボード入れて正解だったね」
「先生のコード進行、すごく気持ちよかったです」
「滉斗くんのギターも、歌にすごく馴染んでて良かった」
「……マジですか? よかったぁ……」
滉斗はちょっとほっとした顔で笑っていた。
—
そのあと、僕たちはもう一度、もう一度とセッションを繰り返した。
最初は緊張していたけど、3回目には息もぴったりで、
まるで長い間一緒に演奏していたバンドみたいだった。
「…このまま、文化祭で発表しようよ」
先生がぽつりと言った。
「え?」
「タイミングも良いし、“恋と吟”はきっとお客さんの心にも届くよ」
「それって……出てもいいってことですか?」
「もちろん。ふたりが良ければ、ぜひ」
元貴と滉斗は顔を見合わせた。
「……出よう」
「うん、絶対やろう!」
静かに、でも確かに、“なにか”が重なった瞬間だった。
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