文化祭当日。
中庭に設置された小さなステージ。
グラウンドから吹く風に、赤と白の垂れ幕が揺れていた。
「……いよいよ、だね」
袖でチューニングをしていた元貴に、滉斗がそっと声をかける。
「うん。緊張してる?」
「……ちょっとね。でも、大丈夫。隣に滉斗がいるし」
「……俺も、元貴がいてくれてよかったって思ってる」
その会話を背に、藤澤先生がキーボードをセッティングしていた。
「大丈夫、ふたりとも。何度も練習したから、自信持っていこう」
「はい!」
—
司会のアナウンスが終わり、いよいよ僕たちの番がきた。
「次は、特別演奏です。
吹奏楽部顧問・藤澤先生、1年・大森元貴くん、若井滉斗くんによる、オリジナル楽曲 “恋と吟”」
大きな拍手のなか、僕たちはステージ中央へ出る。
夕方に差しかかる光が、まぶしかった。
—
キーボードのカウントが静かに鳴る。
元貴は深呼吸し、ギターのコードを鳴らす。
“不意に寂しくなった時
隣に君が居ればなあ”
中庭に響く、たったひとつの音楽。
元貴の声が風に乗って、滉斗のギターがそれを支える。
藤澤先生のピアノの音色は、まるで物語を語るようだった。
—
“また君を思い詞を綴れど
恋の歌の様に綺麗じゃないな
この思いが君に届いてればな
この声で唄わずに済むのにな”
歌いながら、ふと滉斗を見る。
彼はまっすぐ前を見ながらも、元貴の声にしっかり耳を傾けてくれていた。
(あの日、僕が想いをこめて書いた詞を——)
今、ステージの上で“ふたり”と“先生”で奏でている。
—
最後のフレーズ。
“僕じゃない僕とか
君じゃない君とか
そんなんなんだっていい
僕の恋よ”
音が消える。
空気が落ち着く。
その瞬間——拍手が、ぶわっと広がった。
歓声と、拍手と、ざわめきの中で、
僕たちはただ、顔を見合わせて、小さく笑った。
—
「……すごかったな」
「うん……なんか、夢みたいだった」
「ふたりとも、お疲れさま。最高だったよ」
ステージ裏で先生が言ったその言葉が、何よりも胸に響いた。
滉斗がそっと元貴の手に触れる。
「元貴」
「ん?」
「……“好き”が、もっと増えた気がする」
その言葉に、元貴の喉の奥がきゅっとなって、でもすぐに笑って答えた。
「……僕も。音にしたら、溢れそうなくらいに」
“恋と吟”は、 先生と、僕たちと、そして今日あの場にいたすべての人の心に、
小さな灯のように残ってくれる気がした。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!