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目を覚ました瞬間、まだここが病院だという現実に軽くため息が漏れた。無機質な天井。ほのかに漂う消毒液の匂い。
喉奥にまだ残る乾いた感覚。
点滴の細い管が、僕の腕に無遠慮に刺さっている。
何時だろう。時計を探す気力もなく、ただまばたきを繰り返す。
窓のカーテン越しに、優しい朝の光がにじんでいる。
少し前まで、寝ていたのか夢を見ていたのかもわからない。
ぼんやりと、現実と非現実の間を漂うような時間。
体は――正直、だいぶ楽になっていた。
背中や腰の重さも、頭の鈍痛も引いてきて、
呼吸も、ようやく深く吸えるようになった。
だけど、心だけはまだ深いところで沈んでいる。
何かを落としてきたような、取り残されたような。
体調が回復するにつれて、逆に自分の弱さが浮き彫りになっていく気がして怖かった。
“無理しすぎだよ”って、誰かに言われた。
“頼ってくれたらよかったのに”って。
それはきっと、正しい言葉なんだろう。
でも――僕は、それができなかった。
やらなきゃ。頑張らなきゃ。
“元貴ならできる”って期待されるたびに、僕はその通りでいようとした。
不安も、疲れも、体の不調さえも、自分の中で押し込めてきた。
一度止まったら、次に進めなくなるんじゃないかって。
立ち止まった瞬間に、全てが崩れてしまうような気がしていた。
だけど、結局、崩したのは自分自身だった。
「……情けないな」
ポツリと漏れた声が、静まり返った病室の中でひどく大きく聞こえた。
思わず唇を噛む。誰にも聞かれていないと分かっていても、
言葉にすると、ますます自分の弱さがはっきりしてしまう。
視線を窓際に移すと、見慣れない花瓶が目に入った。
透明なガラスに挿された、黄色い小さな花。
昨日はなかったはずだ。涼ちゃんか若井、どちらかがそっと置いてくれたのだろう。
胸の奥が、じんと熱くなる。
こんなときでも、僕のことを気にかけてくれる人がいる。
僕が何も言えなかったのに、ちゃんと見つけてくれた。
それだけで、少し息がしやすくなった気がした。
「ありがとう……」
今度は小さな声で呟いてみた。
花に届くかもわからないくらいの声。
でも、誰かに感謝を伝えるという行為が、少しだけ心を軽くした。
頼ることは、恥ずかしいことじゃない。
弱音を吐くことも、誰かの力を借りることも、
間違いじゃない。
今は、そう思える。
深く息を吸い、吐く。
白い天井の向こう側に、また日常が待っている。
もう一度あそこに戻るために、今のこの時間をちゃんと過ごそう。
焦らなくていい。
もう少しだけ、ゆっくりしてもいい。
ちゃんと、“僕”のままで。