凪は毎月店に訪れた。カラーをしているため毎月更新しにやってくるのだ。それにいつも前髪を鬱陶しそうに、指で毛先を流している。
髪が伸びるのが早いようで、月1の手入れは必要だった。
千紘は凪が来店する度、何度かチラリとその姿を横目に見ていた。いつも身なりを整えていて、必ずセットまでして帰る。
凪を3回ほど見かけた翌月、千紘がカットした客に「やっぱ成田さんのカットが1番いいっすね!」と言われた。
「そう? ありがとう。似合ってるよ」
いつものように営業スマイルを投げかけた。
「このカット、知り合いにも1回経験して欲しかったんですけど、成田さんの予約取れなくて別の人指名するようになっちゃったみたいなんですよね」
「あ、そうなんだ。紹介だって言ってくれたら枠開けたのに」
「ああ、でも忙しい人なんで自分の都合のいい日じゃないと無理なんだと思います」
「そうなんだ。知り合いって、友達じゃないの?」
「同じ店の人で……」
彼は言いにくそうにそう言った。彼が女性用風俗で働いているというのは前回の来店時に聞いていた。
最初はマッサージの仕事を……なんて濁していたが、写真撮影用にセットをしてほしいだなんて要望があれば、健全なマッサージ店で宣材写真? なんてすぐに疑問が湧いた。
色々質問していく内に女風のセラピストというところまでたどり着いてしまったのだ。
女性用風俗だなんて特に興味はなかったが、金を払えば男が買えるなんて夢のある話だとは思ったものだ。
自分の職業は既に晒したものの、知人の職業を安易にバラすのも気が引けるのだろうと千紘は思った。
「ああ、そうなんだ。じゃあ、その子も写真撮るの?」
あえて風俗やセラピストという言葉は使わなかった。
「その人はもう見た目がかなりイケメンなんで、正直どんな髪型でも似合うんですよ。それでも成田さんだったらもっとカッコよくなるだろうなって思って。あ、でも俺その人抜きたいんで、これ以上イケメンになられたら困るっていうか!」
彼は必死にそう言った。容姿の良い客は何人も訪れるが、一体どの人だろうかと千紘は考えていた。
「ねぇ、お店の名前どこ? 女友達で興味ありそうな子いたらそれとなく紹介しとくよ」
ほんの好奇心だった。女性が金で男を買う。どんな男が商品として並んでいるのか。女性が選ぶ人気セラピストとはどんな人間なのか。それを覗いてみたい。そう思っただけだった。
仕事が終わった千紘は、帰宅してからスマートフォンで『女性用風俗 秘密の部屋』で検索をかけた。
近所の弁当屋で買った唐揚げ弁当を頬張りながら、スマートフォンの画面をタップした。
すぐにホームページが見つかった。セラピストの写真がずらりと並んでいるのかと思いきや、最初に出てきたのはランキングだった。
No.1と大きく赤字で記載されている文字の上にはNo.2、No.3よりも大きな写真。その人物を見た瞬間、千紘は箸持つ手を止めた。
掴んでいた唐揚げごと白米の上に投げ出し、テーブルに置いてあったスマートフォンを持ち上げた。
何度か店で見かけた綺麗な顔をした客。米山が勝手に奪った指名客。米山の手技によって似合わない髪型にされたのにもかかわらず、満足気に帰って行った男。
名前を見れば『快-カイ-』と書かれていた。画像加工により口元は隠されているが、どう見ても店で見かけた客に間違いなかった。
「快……」
千紘はポツリと呟いた。別に彼に気があったわけじゃない。米山を指名するようになり、自分には関係なくなった客だし、とその名前すら知ろうともしなかった。
だから彼が大橋凪という名前だということも、女風のセラピストをしていることも当然知らなかった。
千紘は無意識にその顔写真をタップし、プロフィールを開いた。年齢は26歳と書かれていた。
「年上……」
千紘はそう呟いてうーんと首を傾げた。ハッキリと顔を見たわけでもないし、直接会話をしたこともない。しかし、自分よりも1つ年上表記になんとなく引っかかった。
千紘の客は同世代からもっと下まで幅広い。1つ、2つの差でも年齢を聞く度になんとなくその人の年齢がわかるようになっていた。
「年上感ないんだけどな」
そう思いながらも1つや2つじゃ大差ないか、と気にせずにいた。そんなことよりも次に目に入ったのは写真日記。
写真と共に日記が掲載されている。ずらっと並ぶ日記。多くの顔写真はどれも宣材写真同様に口元が隠されているが、どのアングルでも整った顔立ちは健在だった。
『12月7日まで予約満了です。その後、調整可能ですので気軽にDM下さい! 甘い空間でいっぱいイチャイチャしよ?』
そんな言葉と共に優しく微笑む目元が見えた写真が載っている。それを見た瞬間、千紘はぶわっと気持ちが昂るのを感じた。
率直に千紘が思ったことは、「羨ましい」だった。女に生まれてくれさえすれば、なんの抵抗もなくこの男を金で買えるのだ。
それは男性相手の風俗でも同じこと。異性に困っている者、刺激が欲しい者が利用する。恐らく女性用風俗の場合は、セックスレスや恋人との体の相性、単純に性欲を満たしたいだけ、不意に湧いた好奇心。そんな理由で利用するのだろう。
他のセラピストの写真を見れば、全体的にレベルが高かった。どのセラピストも清潔感があって、筋肉質な男もいれば中性的な男もいる。ワイルド系から子犬系まで幅広いジャンルの男が揃っていた。
千紘は思わず食い入るようにそのホームページを目で追った。
今までどんなに容姿の良い客が来ようとも性的な目で見たことはなかった。しかし、スマートフォンの中の男たちは最初から性を売りにしている。つまり、性的な対象なのだ。
利用するのが女性というだけの話で、それ以外は相手の性欲を満たすために体を張る。
千紘が快の写真日記に戻り、他の日記も読み漁れば裸体の写真も掲載されていた。しっかりと鍛え上げられた細マッチョ。
筋肉の形も細さも千紘の好みだった。ゴクリと喉を鳴らし、他の写真も確認した。
どうやらSNSもやっているようで、ツイッターに飛べば、写真日記など比にならないくらいの量がツイートされていた。
プライベートと思える内容から予約状況。出勤時間と宣材写真。好きな物も休日の過ごし方も仲の良い他セラピストとの写真も載っている。
追えば追うごとに彼のことをよく知ることができた。
言っても営業の為の偽情報かもしれないし……。
千紘はそうも思うが、全てが嘘だとは思えなかった。凪を紹介したかったと言ったあの客がきたらもう少し詳しくこの仕事について聞いてみようと決めたのだ。
いつの間にか下半身は熱くなり、スラックスを押し上げるように膨張していた。
「うわ……。これで勃つとかヤバ……」
千紘は自分でも驚きながら、手で口元を覆った。暫く感じたことのなかった好奇心。そう、この時はまだ単なる好奇心だった。
1人の客に興味が湧いた。ただそれだけだった。
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