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「一人に決めたら時間を取られすぎるだろ?エネルギ ―も使うしね、僕の今の生活ではとてもそんな暇はない」
くるみは目を丸くして聞いた
「俳優ってそんなに忙しいの?大抵役がもらえるのを待って、後はブラブラと過ごすのかと思っていたわ」
洋平はチラリとルームミラーを見て話を続ける
「う~ん・・・そうだね・・確かに待つことの多い人生だね、ウエイターをした事もあれば、ガソリンスタンドで働いたし、ピザのデリバリーもしたな、次の仕事が見つかるまで食べるためには何でもしたよ。有名なスターなら別だが、無名の役もつかない役者はこの世の地獄さ」
「そうなんだ・・・」
洋平の仕事をもっと詳しく尋ねたかったが、外の景色からするとそろそろクルミの地元に近いらしい、洋平は高速道路を降りて一般道に車を走らせた
キンコン♪
その時母からのLINEメッセージが入った。そのメッセージを読んでくるみは気持ちが沈んだ
「お母さんなんて?」
「ちょっと・・・実家に帰る道なんだけど、このインターを降りた所にね、サービスエリアがあって・・・今夜うちにご親戚が沢山集まるんだけど・・・その時の手土産・・・50袋ほどあるそうなんだけど・・・」
「それを取りに行くのかい?お安い御用だよ?」
洋平は明るく言った
「ううん・・・・今・・・・そのサービスエリアに誠が行ってるから、合流して挨拶したらどうかって・・・・ 」
暫く車内は沈黙が響いた、カーオーディオからは洋楽のピアノが聞こえる
「くるちゃんが嫌なら僕はどっちでもいいよ?このまま実家に行く?」
くるみは首を振った
「ううん・・・どっちみち避けては通れない人だわ私も少し休憩したいから、そのサービスエリアに寄ってくれる?」
「君さえよかったら」
洋平は微笑んだ
大きなサービスエリアに洋平が優雅にレクサスを停車させた
くるみはお手洗いに行くと告げ、サービスエリアのドレッサー前で念入りに化粧直しをすると、ホウ・・・とため息をついた
くるみの胃が痛んだ、もうすぐ誠に会う・・・・誠と麻美に・・・・
トイレから出ると奈良県でも、最大のサービスエリアをぐるりと見渡してみた
週末の行楽日和・・・様々な店舗や屋台が並び、日本でも最大観光地の奈良は沢山の観光客でごった返している
すると少し向こうの方から、背の高いハンサムな男性が近づいて来る
「くるみ!!」
それは馴染みのある低い声だった、その姿を見た瞬間痛みが体を走った
平静を保とうとしてくるみの体がこわばった、ここに来るまでの車内の洋平との会話で芽生えた暖かい気持ちは、跡形もなく消えた
懐かしい穏やかそうなハンサムな顔・・・・身長が低いくるみは彼を見上げるのが好きだった
「誠君・・・久しぶり」
心が凍えるように冷たいくるみは無理にその男性に笑みを作った
「やっと帰ってきてくれたんだね!!心配したんだよ!」
誠はすかさずくるみに駆け寄り、その手を取ろうとした。ところがくるみがスッと誠の手が届かない距離まで身を引いた
誠はハッとし・・・・すまなさそうな表情をした
気まずい空気・・・こうなることは分かっていた、やっぱり帰って来るんじゃなかった
頭の中にいろいろな思いが渦巻いてくるみは気分が悪くなりそうだった
「おっと・・・ずいぶんお疲れの様だね・・・今週は夜更かしが続いたから・・・」
その声に正気に戻ると洋平が後ろに立ち、くるみの肩を軽く抱いて支えてくれていた。
くるみはハッとして彼を振り返った、洋平がこちらを見つめている
「大丈夫かい?君は頑張り屋さんだから・・・働き過ぎだよ、僕達も久しぶりに二人でゆっくり出来るんだし、今夜は僕が心くまで介抱してあげる、君の頬に赤みが戻るまでね・・・・」
洋平は慰めるようにくるみの腕をさすった
くるみはあんぐり無言のまま口を開け、驚いて洋平を見上げた
「僕は君のフィアンセなんだから・・・君の面倒を見るのは僕の仕事さ」
そう言って洋平はくるみのおでこに予期せぬキスをした。思わずくるみは真っ赤なゆでだこのようになった
―すっかり忘れていたわ! ―
私はいったいどうしてしまったの?
いつもなら、もっと上手に取り繕えるのにくるみは何も言えずその場にただ立ち尽くした
誠は二人の様子を黙って見つめて、キュッと口を一文字に結んだ。そしてぎこちなく洋平に手を差し出す
「はじめまして!山下誠です!あなたがくるみのフィアンセですね・・・麻美とお母さんから話に聞いていた通りの人だ!」
「五十嵐渉といいます!彼女が妹さんやご家族に僕の事を何と言ったか聞きたいところですが、まぁ・・我慢しましょう」
洋平は誠と握手し、愛想のいい笑みを浮かべた
「ご結婚おめでとう、あなたと妹さんの事をくるみはとても喜んでいますよ」
誠はちらりとくるみを見た
「ありがとう・・・僕もこんなに早く結婚するとは思っていなかったんですが・・・もちろん出来ちゃった婚とかではないですよ」
きっと両親が妹と付き合うならちゃんとしろと誠をせかしたんだろう。私とのことがあったから・・・・
くるみは洋平に肩を抱かれたまま、まだ無言でその場に佇んでいた
「十分な愛情があれば結婚に遅いも早いもありませんよって・・・まだ結婚してない僕達が偉そうに何も言えませんがね」
ハハハと洋平は明るく笑った誠もそれにつられて笑った
それで幾分か二人の間の重苦しい空気は和んだ、くるみは洋平にこの役を依頼したのは早くも大成功だと思った
「いやいや・・・お母さんから君達もそう遠くないと聞いてますよ」
誠の言葉に洋平がぎゅっとくるみの肩を抱き寄せた
「もちろん僕はなるべく早くと思っていますよ!ね?くるちゃん?」
―どうしてそんなに愛しそうに私を見つめるの?―
クルミは目玉をひん剥いて洋平を見つめ、軽くパニックになったがなんとか気を取り直した
そうだ!彼は今演技をしてるのよ!気づかなかったがもうカチンコは鳴っている
それから誠は心配そうに周りを見渡した、診察室の外では、彼は日常の細々したことに不器用なタチなのだ
「渋滞してますね、車を取って来たほうがよさそうだな、駐車する場所がなかったので、近くに置いて来たんです。くるみ!覚えているだろう?車は昔から僕が乗ってるエルグランドだから、すぐここまで持ってくるよ」
くるみはかつて憧れ・・・恋した男性との、忌まわしい記憶に目を閉じて冷たく言った
「ええ・・・覚えてるわ」
誠は長い脚で飛ぶように走って行った、誠が見えなくなってしまってから洋平が言った
「まだ好きなの?」
その声はいつもの穏やかな優しい声とはかけ離れていた
「そ・・・そんなわけないわ!彼は妹と結婚するのよ」
「ふ~ん・・・・」
一瞬どもったくるみの言葉に説得力はなかった
「本当にこれっぽっちも未練なんかないわ、それは本当よ!でも・・・どうしてあんな人を好きだったのかと思うと、自分に腹が立っているだけ・・・」
彼の表情が緩んだ
「そっか!彼がまだ好きでメソメソされるよりましだな」
「誰がメソメソなんかするもんですか」
くるみの負けん気の強さを可愛いと思っているのか洋平はフフフと笑った
「心配いらないよ、僕はこの仕事をちゃんとこなしてみせるから、フェイクなフィアンセを雇ったんだから、週末50万円に見合った仕事をするまでさ、いくら君が妹の旦那になるヤツを好きでもそれは君の事情なんだから気にしないでいいよ」
「だから本当に好きじゃないんだってば!」
「わかった!わかった!」
軽い口喧嘩をしてたら、誠が乗った黒のエルグランドが二人の前に停車した
「お母さんが親戚の手土産をあそこの土産物屋に50袋注文してるんだ、取ってくるよ」
「僕も手伝うよ!くるちゃんはここで待ってて」
誠と洋平が肩を並べて土産物屋に行き、手土産が一杯入った段ボールを抱えて戻って来た。中身は複雑な工程で作られたとても綺麗な和菓子だった
「これトランクの方がいい?それとも後部座席に置いた方がいい?」
「そっ・・・そうだね・・・え~っと・・・どうしようかな・・・」
洋平の問いかけに、途端に誠の気弱そうなハンサムな顔が当惑に歪んだくるみは思いがけない苛立ちを感じた
―まったく・・・自分の結婚式の土産物でしょう?そしてそれもあなたの車だわ、土産物の置き場所ぐらい自分で決められない所・・・昔から変わってないわ―
「こうやって後部座席に置いて段ボールで挟んだら崩れないし、どうかな?」
車の後部座席に箱を押し入れながら洋平が言った、誠は決めてもらってホッとした様子だった
「ああっ・・そうだねそれだと中身が崩れなくてちゃんと家まで持って帰れるね」
「乱暴に扱って君たちのご親戚のお土産が崩れたらお母様に申し訳ないしね!本当はこういう事はくるちゃんが得意なんだ!なんたって彼女は一流企業の社長秘書だからさ!こういうお客様の細やかな気遣いはピカ一なんだよ。僕はいつもくるちゃんの仕事ぶりに感心させられてるんだ」
誠とくるみは共に驚いて洋平を見た、くるみは彼がいかにも自分の仕事ぶりを、見て来たかのような口ぶりに驚いたし
誠においては―くるみの家族同様、彼女の仕事の事など感心を持った事もないだろう
仕事と言えば医者か看護婦か・・・少なくとも医療従事者でなければ、誠も身内もまともな職に就いているとは認めないはずだ
くるみの視線に気が付いて、洋平の茶色い瞳が面白そうに煌めいた
誠の当惑している顔に思わずくるみは吹き出しそうになった
自分の仕事を嘘でもそんなに彼に褒めてもらえて嬉しかった
「そ・・・そうだね・・・・もちろん麻美もお母さんもくるみが頑張っているのは誇りに思っているよ」
誠はやっと口を開いた
「だろうね!お母さんにくるちゃんがどんなに優秀な社長秘書か、自慢するのを楽しみでしょうがないんだ」
洋平が最後の箱を積み終わると、ニコニコ笑ってくるみの手を取った
「さぁ!僕の車に戻ろう!早く君の家族に僕達のロマンスを聞かせてあげたいな!それから僕達の将来の話も沢山しないと!誠君!僕達は車に戻ってもいいかな?申し訳ないけど彼女の実家に着くと二人っきりになれないだろう?僕はくるちゃんと二人の時間が1分1秒でも惜しいんだ」
「え?ああ・・・そりゃ・・・邪魔して申し訳ない・・・気が利かないで・・」
あっけに取られて誠が言った
「僕達は君の後を着いて行くよ!」
くるみは最初は驚いたけど思わず笑みがこぼれたそしてこの洋平が仕掛けているお芝居に自分も乗った方が楽しそうだと思った
だから笑顔で言った
「もう!渉さんったら・・・ここはおうちじゃないのよ・・・ちょっとは我慢できないの?」
洋平の眼差しがくるみに優しく向けられたようやく、くるみがノッて来たことを楽しんでいる大袈裟なそぶりをわざとする
「言っただろう?僕達はもう離れられないって・・・僕はずっと前から分かっていたよ・・・この週末は始まったばかりだよ、ねぇ・・・僕がどんなにこの日を楽しみにしてたかわかる?わからないならわからせるまでっっ!」