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一週間後の渋谷
スクランブル交差点を埋め尽くす人の波も、絶え間なく流れるビジョンの音も
隣を歩く玲於の存在があれば、心地いいBGMのようにしか聞こえなかった。
カフェで少し高いパンケーキを半分こして、甘い香りに包まれたまま店を出る。
穏やかな昼下がりの空気。
「ねえ玲於、このあとカラオケ行く?」
腕に軽く自分の腕を絡め、少し甘えるように上目遣いで提案する。
そんな俺に、玲於はいつものように少し困ったような、それでいて深い独占欲の滲む、蕩けるような甘い微笑みを返してくれようとしていた。
そのときだ。
「……霄?」と、背後から不意に名前を呼ばれたのは。
振り返ると、そこには高校時代の見覚えのある顔があった。
かつての仲の良かった、同級生の男友達。
「うわ、やっぱり! 久しぶりだな、霄!」
懐かしさが勝って、自然と会話が弾んでしまう。
そいつは隣に立つ玲於の放つ異様な威圧感に気づいているのかいないのか、馴れ馴れしく俺の肩をポンポンと叩いてきた。
「ってそうだ! 来週末の同窓会、お前も来るよな? グループ招待送っとくからさ、絶対だぞ!」
「あ、ああ、おけおけ。考えとくわ」
そう言って手を振って別れるまで、横にいた玲於は驚くほど静かだった。
一言も発さず、まるでお手本のような、温度の感じられない無表情で俺たちのやり取りをただ見つめている。
(……え、何も聞いてこない)
いつもなら「今の誰?」「なんであんなに親しげに触らせてんの?」と秒で問い詰めてくるはずなのに。
その沈黙が逆に不気味で、背筋に薄い氷を直接押し当てられたような、嫌な寒気が走った。
しかも、提示された同窓会の日時は、玲於と前々から約束していたお泊まりデートの当日だ。
絶対にダメだって言われるだろうな……
そう思いながら、俺はダメ元で、おそるおそる切り出してみた。
「なあ玲於? 同窓会……行ってもいい……?」
すると玲於は、予想に反してすんなりと頷いた。
「いいよ。……ただし、元は俺とのお泊まりだったんだから。日付が変わらないうちに帰ってくること。いいね?」
釘を刺すようなその言葉。
瞳の奥はこれっぽっちも笑っていなかったけれど、許されたという安堵感に、俺は何度も頷いて約束をした。
◆◇◆◇
そして迎えた当日───…
旧友との数年ぶりの再会。
積もる昔話に花が咲き、断りきれなかった酒が回る。
気づけば時計の針は12時を大きく回っていた。
ふと我に返ってスマホを確認する。
通知は一件も来ていない。
それが逆に、玲於の「静かな怒り」を象徴しているようで、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
「……やばっ!」
血の気が引くのを感じながら、大急ぎでタクシーを拾い、玲於のマンションへと駆け込んだ。
扉を開けて玄関で靴を脱ぐと、玲於がいるであろうリビングにそろりと足を踏み入れる。
部屋の明かりは点いているが、空気は凍りついたように冷え切っていた。
ソファに深く腰掛け、足を組んで俺を待っていた玲於。
彼と目が合った瞬間、アルコールでふわふわしていた頭が、一気に冷水に突っ込まれたように冷める。
「……あ、あの、玲於……」
顔色を伺うように、掠れた声で話しかける。
だが、玲於の鋭い眼光がナイフのように俺の全身を射抜いた。
「おかえり。随分遅かったね、霄くん」
「……っ」
謝ろうとして一歩近づこうとすると、彼は鼻先を蔑むように動かし、俺から露骨に顔を背けた。
「酒くさ」
あからさまな拒絶。
心臓がギュッと雑に絞られる。
いつもなら自分から強引に抱き寄せてくるはずのその腕が、今はあまりにも遠い。
「で、なんでこんなに遅くなったの? 俺、日付変わる前に帰ってこいって言ったよね。……俺との約束、そんなに軽いもんだったんだ?」
冷徹な問い。
逃げ場なんてどこにもない。
「の、飲みすぎた。羽、伸ばしすぎて……男友達とも盛り上がっちゃったっていうか……ごめん。約束破って」
行き場を失った手で自分の服の裾を強く掴み、床を見つめる。
言い訳をすればするほど、自分の声が惨めに、空虚に響いた。
「なにそれ、言い訳? そんなに楽しかったなら、その男と朝までいればよかったのに。わざわざ帰ってこなくてもさ」
突き放すような言葉に、目の前が真っ暗になる。
こんなに冷酷な玲於を見るのは初めてだった。
怒らせた……それだけじゃない。
うそ、嫌われた?という底なしの不安が募る。
「ごめん……玲於、ごめん……っ」
縋り付こうと必死に手を伸ばすが
「今触んなって」と無慈悲にその手を払われた。
拒絶されたという事実が重くのしかかり、俺はその場に膝から崩れ落ちた。
「れ、れお……っ、ごめんって……頼むから……許して……っ、謝るから…」
過呼吸になりそうな勢いで泣きじゃくっていると、不意に視界が上がった。
玲於が俺の前に屈み込み、顎をクイッと持ち上げて、無理やり俺と視線を合わせる。
「じゃ、口開けて?」
唐突な言葉。
意味が分からず、不思議に思いつつも、許してもらえるなら何でもする。
俺はコクコクと頷いて、言われるがままに口を開いた。
その瞬間、玲於の細い人差し指が口の中に無理やり突っ込まれた。
「……っ!? げほっ、……ぅ、ぐ……っ!」
喉の奥を容赦なくかき回される。
生理的な涙が溢れ、胃の内容物が逆流する感覚。
「れ、お……っ……な、んれ……っ、」
「……いいから。酒も、食ったものも、俺以外の男と過ごした証拠、全部吐いて一滴も残すな」
その後も俺は何度もえづきながら、胃が空っぽになるまで吐かされた。
玲於は冷めた手つきでティッシュを使い
自分の指と、汚れた俺の口の周り、そして床を丁寧に、無機質に拭き取っていく。
その一連の動作がどこか機械的で、言葉にできない恐怖が這い上がってくる。
掃除を終えた玲於は、そのまま俺の髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。
「……ほら、次はスマホ見せて? 友達追加したなら男と女の連絡先、今ここで全部消すから」
「……へっ……で、でも……ひさしぶり、に友達と会えて……」
「友達?」
玲於の声が、一段と低くなる。
反射的に拒もうとした唇は、暴力的なまでに深いキスで塞がれた。
酸素を奪われ、舌を強引に蹂躙される。
鉄の味がするほどの激しい接吻に、抵抗する力なんて残っていなかった。
ようやく唇が離れたとき、玲於は耳元で低く、甘く囁いた。
「……ずっと前、俺以外いらないって自分から言ったじゃん。消せるよね? それとも……俺が、いらない?」
わざとらしく悲しそうな、それでいて全てを見通しているような冷たい瞳。
今の俺には、彼に拒絶されることの方が何万倍も怖かった。
「俺とのこんな簡単な約束も守れないならさ、別れる?」
「え…っ、は?」
一瞬、世界の音が消えた気がした。
玲於の声だけが、やけに鮮明に耳に残ってるのに
その意味だけがうまく理解できなくて、頭の中で何度も同じ言葉が反芻される。
別れる?
別れるって、なに。
意味わかんなくて、喉の奥がひくっと引き攣る。
さっきまで普通に話してたのに。
それが、なくなる?
「……や、だ……」
ようやく出た声は、自分でも驚くくらい弱くて、情けなかった。
心臓がうるさい。
ドクドクじゃなくて、ガンガンって殴られてるみたいに痛い。
息が浅くなって、うまく吸えない。
苦しいのに、苦しいって言葉にする余裕もない。
頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
なんで?
どうして?
俺、そんなにやばいことした?
そんな疑問より先に浮かぶのは
どうしよう。
玲於がいなくなる。
玲於がいなくなれば、毒を吐く相手も心の拠り所もなくなる。
何のために生きてればいいのか分からなくなる
(そんなの、そんなのダメだ)
足の力が抜けそうになるのを堪えて、必死に玲於の服に手を伸ばす。
触れた瞬間、少しだけ安心してしまう自分がいて、 それが余計に怖くなる。
「……やだ、ねぇ……待って……」
指先に力を込めて、逃がさないように掴む。
離したら、本当にいなくなりそうで。
「ごめ、ん……っ、ちゃんとする、から……っ」
何に対して謝ってるのかも分からない。
約束?態度?全部?