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静まり返った体育館のフロアに、角名先輩の肺の奥から漏れる、獣のような荒い呼吸音だけが不気味に響き渡っていた。
無惨に引き裂かれた連絡先の紙屑が、まるで二度と元には戻らない私の平穏な日常の残骸のように、足元に虚しく、白く散らばっている。
「……行くよ、紬。……早くしろよ」
感情の起伏が一切消え去った、けれど底知れない情念の熱を孕んだ低い声。
角名さんは呆然と立ち尽くす私の細い手首を、骨が軋むほどの暴力的な力で掴み上げると、周囲の部員たちに見せつけるような傲慢な足取りで、私を引きずり始めた。
背後で北さんが何かを厳しく言いかけ、侑先輩が息を呑む気配がした。けれど、角名さんはそのすべてを嘲笑い、拒絶するかのような冷徹な一瞥(いちべつ)を背後に投げると、私を体育館の裏にある、薄暗い更衣室へと連れ去った。
「っ……、角名、さん……っ、痛い、です……っ、離して……っ!」
バタン、と鼓膜を震わせるほど乱暴に重い扉が閉められ、内側から鍵が「カチャリ」と、絶望的な音を立てて掛けられる。
窓一つない、埃っぽい空気の淀んだ狭い更衣室。
昼間の熱気がこもったままのその空間に、彼の放つ圧倒的な独占欲が充満し、肺から酸素が奪われていくような錯覚に陥る。
「……ねぇ、紬。あんなゴミみたいな男に、どんな顔して、どんな声で笑いかけたの。……俺、聞いてるんだけど」
角名さんは私を冷たいスチールロッカーに叩きつけるようにして押し倒すと、逃げ道を完璧に断つように、私の頭の両脇にドスンと力強く両手を突いた。
鼻先が触れ合い、互いの睫毛が交差するほどの至近距離。
三白眼の奥に渦巻いているのは、怒りという言葉では到底足りない、ドロりとした暗い執着の炎だった。
「……お礼を、言った、だけです……っ、連絡先だって、ちゃんと断ろうと……っ、信じて……っ」
「嘘だ。……信じられるわけないじゃん。君のその、誰にでも優しくて無防備なマヌケな目が、あの男に『自分ならいける』って期待させたんだよ。……俺の許可なく、他の男に『隙』を見せた、重い罰。……今すぐ、君の身体からあいつの残像を全部消して、俺だけで塗り潰してあげる」
角名さんの、長く骨ばった白い手が、私の制服の襟元を力任せに横へ、布地が悲鳴を上げるほどに押し広げた。
昨夜、あの空き部屋で彼が狂ったように刻み付けたはずの、赤い痕跡。
彼はそれを「不浄なものに汚された」とでも言うかのように、より深く、より激しく、剥き出しの牙を立てて私の柔らかな肌に食らいついた。
「……っん、……あ、……いたい、……やだ、……っ!」
「痛い? ……俺の心臓の方が、君が他の男の言葉に一瞬でも耳を貸したと思うだけで、気が狂いそうになるくらい痛いんだけど。……ねぇ、紬。君の身体の中に、一瞬でも俺以外の男の気配が入り込んだと思うだけで、殺したくなる。……君を。……あの男を」
彼は私の肌に吸い付いたまま、喉の奥で呪いのような、低い囁きを漏らす。
熱い、沸騰したような舌が、傷ついた皮膚を執拗に、ねっとりとなぞり、彼の唾液と体温で私の存在そのものを強制的に「上書き」していく。
彼の指先は、私の服の下へと、獲物を探る蛇のように潜り込み、激しく脈打つ心臓を掌で鷲掴みにするようにして、自分の狂おしい鼓動と同調させようと激しく揺さぶる。
「……いい? 紬。……君の目も、耳も、その細い指先一つまで。……全部、俺以外のものを受け付けないように、俺が作り変えてあげる。……もう二度と、他の男に触れようなんて、名前を呼ぼうなんて、一ミリも思わないくらいに。……俺だけに、依存してよ」
更衣室の外では、合宿の終わりを惜しむ他校の生徒たちの、健全な喧騒が遠く続いている。
けれど、この四角い密閉された箱の中だけは、角名倫太郎という名の劇薬に侵された、私だけの終わりなき終焉の場所。
「……俺のことだけ考えて。……俺のことだけ見て、俺の名前だけを、その喉が枯れるまで呼んで。……ほら、早く。……返事は?」
彼は私の唇を、呼吸さえもすべて吸い尽くすように深く塞ぎ、私の存在そのものを自分の内側へと取り込もうとする。
攻略不可だったはずの境界線は、もう砂の城のように跡形もなく崩れ去っていた。
私は、彼の狂おしいほどの執着的なマーキングに身を委ねながら、一人の「女の子」としてではなく、「角名倫太郎だけの私物」として、完全に魂の隅々まで塗り潰されていった。
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