1.夢幻の日々
ソライアはその日、昔の夢を見ていた。
時刻は午前2時。空は真っ暗で静まり返っていた。
───⋯。
「今日はコイツと一緒に行け」
これはいつの記憶か。大体4年程前だろうか。だとしたらソライアは当時18歳だ。
「また兄さんはいないのか…?」
「アイツは単独任務だ。さっさと行ってこい」
そう告げるジンの後ろには、当時まだ一度も会話したことのなかった男─スコッチがいた。
「オレはスコッチ。よろしくな。ソライア…だっけ?一緒の任務は初めてだな」
「あぁ」
コイツもよく喋る、面倒なタイプの人間か。と、ソライアは思った。
「今日はなんでわざわざ私となんだ?」
任務地への道中、ソライアは顔を合わせずにスコッチに聞いた。
「なんで、かぁ…。あ、ほら、オレいつもバーボンとライと行動してるだろ?その2人が別任務に呼ばれてるらしいから…」
スコッチが人差し指を立てて説明した。「だろ?」と言われても、自分から人に接しないソライアはバーボンとライを知らない。
「私は今回何をすれば?」
「おっと、説明してなかったな」
2人は足を止め、近くの廃ビルへシャッターを開けて入った。
「今回の任務地は電車だ」
「電車…?」
ソライアは目を丸くした。電車内での任務なんて聞いたことがない。
「今から1時間後に米花駅方面から電車が来る。その電車はとある敵組織の幹部が乗る予定だから、そいつを殺せ とのことだ」
「まさかとは思うが…。電車内で私が殺すって訳じゃないだろうな…」
「そんなまさか!そんなことしたら君が犯人だとすぐにバレてしまうさ」
スコッチは笑った。我々組織には似合わない、太陽のような笑い方だった。
「ここの屋上から電車を待ち構えるんだ。ターゲットが見えたらオレが撃つ。だから君はターゲットと同じ両に乗って、オレがちゃんと殺せたか確認して欲しいんだ」
「…? …!?」
さらりととんでもないことを言ったスコッチに驚きを隠せないソライア。思わずスコッチを2度見してしまった。
「ここから撃… ???」
「そう、ここからこのライフルでね」
スコッチはなんとギターケースからライフルを取り出した。
「入ってんのはギターじゃないんだな」
「まぁ、ギターも入ってるけど」
スコッチが自身のギターをチラリと見せた。ソライアは横目でそれを捉える。
「よし…そろそろ準備しておこう」
スコッチがギターをしまって呟いた。
2.狙撃手
ソライアは米花駅へと向かった。帽子を被って顔バレを防ぎ、駅で切符を買い指定の車両へと乗り込んだ。
『まもなく電車が発車致します。ご注意ください…』
駅のアナウンスが響いたあと、電車はゆっくりと発進した。ソライアは渡されたターゲットの写真を見て、車両を見渡した。
「!」
問題のターゲットは見つかった。
だが。
「おいおいおい…!」
なんと満員電車であるために、席がターゲットの隣しか空いていなかったのだ。もし弾がズレたら死ぬ。そう思ったソライアは、一旦席を離れてスコッチに電話した。
「─あんたが外したら私死ぬんだが。身の安全は保証してくれるんだろうな?」
『もちろんするさ。友達の妹だからな』
ソライアは電話を切った。
(友達の妹…?)
席に戻ってから引っかかった。友達というのは兄・バレンシアのことだろうが、兄はスコッチのことをソライアに話していただろうか?あんなによく喋る性格なのに。
(…いや、どうでもいい。今は仕事に集中しろ)
我に返ったソライアは真っ直ぐ前に向き直った。
3.時間
そろそろ時間だ。もうすぐスコッチのいる廃ビルが見えてくる頃だろう。隣のターゲットは呑気に新聞を読んでいる。
「5……4……3……2……1……」
ソライアは腕時計を見てカウントした。
そして。
「ゼロ」
パシュ!!
命中した。ターゲットの胸に。ソライアには掠ることすらなかった。
「キャァァァァァ!!!」
ターゲットは静かに倒れた。手にしていた新聞がみるみるうちに紅く染まる。ソライアは犯人だと疑われないようにわざと驚いた顔をし、そっとその場から離れた。
トゥルルル…
トゥルルル…
…プッ
「任務完了だ。すぐにそっちに行く」
小声でそれだけ言い、電話を切った。
「了解」
電話の相手は、もちろんスコッチだった。
4.仲良し?
「お疲れ様。案外すぐに終わったな」
「スコッチ。あんたの腕は確かだったよ」
その後、合流した2人が言葉を交わした。
「認めてもらえてなにより」
スコッチが呟いたその時。
「おー!スコッチ!ソライア!何してんだこんなとこで!」
聞き慣れた声が後ろから届く。スコッチが顔を上げ、ソライアは振り向いた。
「今日は2人で任務だったのか?お疲れさん!」
「兄さん…」
声の主はバレンシアだった。
「よーよースコッチ久しぶりだなぁ!ありがとなウチの妹を!」
「久しぶりって…こないだ会ったばっかりじゃないか」
スコッチとバレンシアがハイタッチして笑う。ここだけの話、この2人は同い歳なのだ。
「ソライア、なかなか気難しい奴だったろ?」
バレンシアがスコッチに近づいて小声で言った。
「いや、初めて会った時から大体の性格は分かっていたし、想定内だったよ」
「さっすが…助かったよ…」
1人放っておかれるソライアは、黙って2人の会話を聞いていた。すると…
「ソライア、ありがとな。また組む時を楽しみにしてるよ」
突然、スコッチがこちらに笑顔を見せた。
「あ、あぁ…」
突然というからには本当に突然で、ソライアは驚きと照れが混じった表情になっていた。
5.あなたがいてくれたから
バレンシアが死んだあと、声をかけてくれたのはミスティアだけではなかった。
スコッチも、バレンシアの死を悲しんでくれた。
ミスティアも、スコッチも、大切な人を喪う気持ちが理解できる人だ。ソライアにとってのスコッチは、いつしかもう1人の兄のような存在となっていた。
そんな2人に支えられ、ソライアが少しずつ前を向けるようになってきた矢先に。
スコッチも死んだ。
組織にNOCであることが露見し、自殺したのだと聞かされた。
スコッチの正体を見抜いたのが誰なのかは分からない。でも、この組織を潰すまで。仲間の、兄の仇を取るために。
絶対に逃しはしない。
続