(私から見れば、朱里の全部が羨ましいのにな)
下着姿の私は、ドライヤーをかけながら親友を想う。
初めて見た時から『綺麗な子だな』と思っていたし、トラウマを受け止めてもらう前から、気になる存在ではあった。
高貴な猫みたいな雰囲気があって、顔立ちも綺麗だし、スタイルもいいし、同じ人間とは思えないと感じて、仲良くなるまでは、あまり声を掛けられなかった覚えがある。
(でも一歩踏み入ってみたら、意外と受け入れてくれたんだよな)
当時の彼女はとても〝難しい〟時期だったと思うけど、多分私との相性が良かったのだと信じている。
私は必要以上に朱里に踏み込まなかったし、彼女も同じだ。
お互いトラウマを抱えた者同士、無意識に相手の雰囲気で機嫌などを感じ取り、傷つけないように気をつけ続けた。
時間が経って『この人は大丈夫』と思えたから、徐々に私も朱里も素の自分を晒すようになれたんだと思う。
でも――。
(田村の事を思いだしたら、腹が立ってきた)
ドライヤーをかけ終えた私は、大きな溜め息をついて私室へ向かう。
部屋のベッドの上には、例によって服が入っているらしい大きな箱と、もう一つの箱がある。
「うぉう……」
ディオールと書かれた箱は、さすがに説明されなくても分かる。知ってる奴だ。
恐る恐る開けてみると、白っぽいノースリーブのワンピースが入っていた。
サイドは濃い目カラーで引き締められていて、白地の部分には花が描かれ、裾はフリンジになっている。
(確かに品のいいドレスだけど、似合うのかな……)
溜め息をついた私は、もう一つの箱を開ける。
そちらには同じブランドの、キルティング加工された、ラムレザーのチェーンバッグが入っていた。
(必要最低限の物しか入らなさそうだな……)
途方に暮れていると、視線を感じた。
ハッとして部屋の出入り口を見ると、涼さんがジッとこちらを窺っていた。
「……やっぱり、恵ちゃんはそういう反応だね」
「い、いや。喜んでますよ? ありがとうございます。でも二泊三日には、ちょっとバッグが小さいかな……って」
そう言うと、涼さんはケロッとして言った。
「ああ、それはディナー用だから。最低限の物が入ればいいでしょ?」
ディナー用のバッグ。人生で初めて聞いた。
「はいはい、時間ないよ。着ちゃって」
そう言う涼さんは、すでにスーツ姿で髪もセットしてある。早すぎる。
「うぅ……、後ろ向いててください」
彼が後ろを向いたのを確認し、私はモソモソとワンピースを着始める。
衣擦れの音で袖を通したのを感じてか、涼さんがクルッとこちらを見て言った。
「背中のファスナー上げさせて。それは男の役割」
「ええ……」
よく分からないルールに引き気味になっていると、涼さんは機嫌良さそうに背中のファスナーを上げた。
「うん、アクセサリーが要るね」
そう言って、涼さんは持ってきたジュエリーケースを開け、小さなチャームが沢山下がっている三連のネックレスを私につけ、お揃いのピアスを耳に付けた。
お揃いの指輪とブレスレットまであり、私はその徹底ぶりに閉口した。
「俺もお揃いのディオールコーデなんだ」
彼は嬉しそうに言い、ポンポンとスーツの胸元を叩いたあと、ネクタイピンやカフスボタン、指輪や腕時計を見せてくる。
「はぁ……」
もう、どこに驚いたらいいのか分からず、私はぼんやりとした返事をする。
(総額幾らなんだろう……。イクラ丼換算で幾ら……)
あまりに非現実的なもので、心の中でそんな事を考えたあと、値段を想像する事を放棄した。きっと天文学的な数字になっているに違いない。
「洗面セットはホテルのアメニティを使えばいいし、明日以降の着替えはもうホテルに置いてあるんだ。だからあとはー……、充電?」
「……そっすね……」
言い返す気力も失った私は、頷いてからラムレザーバッグに最低限の物を詰める。
「……小さいお財布あったかな」
長財布を入れたらパンパンになりそうなので、私はスリムなお財布を探そうとする。
ファースト・外商・インパクトのあとにも、気がついたらちびちびと物が増えていて、引き出しの中には色んなブランドのお財布が眠っていた。
その中で適度な大きさの物を探そうとしたけれど、涼さんに腕を引かれた。
「今回のデートは、全部俺が出すから、恵ちゃんはお財布を持たなくていいよ」
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