「でも……」
それじゃあ、あんまりにも頼り過ぎだ。
私だって涼さんにはてんで敵わないけど、ちゃんと働いて給料をもらってる。
これから行くホテルもディナーも、一泊するだけで私が破産するのは目に見えているけれど、それでもお財布を持つというポーズだけはとらせてほしい。
「今日は恵ちゃんの誕生日だから、お姫様扱いさせて? お金の事なんてまったく気にしない、心からリフレッシュして楽しむ二泊三日にしてほしいんだ」
そう言われ、私は渋々頷く。
「……分かりました。……涼さんの誕生日には、もてなしますからね!」
「あはは! 手作りの〝肩もみ券〟とかでもいいよ」
「私を何歳だと思ってるんですか!」
プンスコ怒ると、涼さんは「かーわいい」と抱き締めてきた。
「恵ちゃん、メイクは大丈夫?」
「あっ、はい! 急いでやります!」
指摘され、私はドレッサーの前に座ると女優ライトをつけ、朱里に教わった通り、まず基礎化粧品の油分を拭うためにティッシュで押さえる。
それから薄付きのベースメイクをし、ハイライト、シェーディングを入れたあと、アイメイクをして眉を描き、チークを軽く引く。
コンシーラーで輪郭を消した唇にリップ下地を塗り、リップを塗る。
初夏の頃、朱里が「いいのが出た!」と言っていた、シャネルのやつだ。
色つきリップを塗った上に保護グロスを塗ると、物凄く落ちなくなるそうだ。
何経由で知ったのか分からないけれど、その話を聞いて帰宅した日には、家にそのリップが全色揃っていた。……恐い。
「えーと、腕時計……」
いつもつけている物はこの装いに合わないかな? と思った時、涼さんに肩を引かれ、フルフルと首を横に振られる。
「時計のプレゼントもあるけど、今夜は時計をつけずに楽しんで? 時間は俺がちゃんと把握して、明日の行動に響かないようにリードする。だから恵ちゃんには身軽でいてほしいんだ」
そう言われ、私は小さな溜め息をつく。
「こういうの、嫌?」
涼さんは私に目線を合わせ、微笑んでくる。
「……嫌っていうか……、なんでも他人任せなの、慣れてなくて……。申し訳ない」
「発想の転換をしよう。恵ちゃんは、溺愛している犬や猫を飼っているとして、その子のために、いいご飯や玩具、おやつ、服とかベッドとか、色々用意したくなるよね?」
「まぁ……、そうですね」
「その時、恵ちゃんは犬や猫に見返りを求めるかな? 求めるとして、沢山可愛がって、愛して、癒してほしいって思うだけじゃないかな? 芸を覚えて生活の役に立ってほしいとか、そこまで求めないんじゃない?」
「そう……ですけど」
彼は私の髪をサラリと撫でる。
「犬猫と同列にしてる訳じゃない。気分を害したらごめんね? でも、最初に『俺の愛は重いよ』って伝えたつもりではいるんだ。やっと見つけた、本気で好きになれる女性だから。その分大切にして、これ以上ないぐらい可愛がりたい。でも恵ちゃんの誇りも尊重したいから、すべてを囲って君から仕事や何もかもを奪うつもりはない。……世の中の物凄い富豪の中には、女性を働かせる事を恥と思っている人もいるけどね。女性を働かせないとならないぐらい、稼げていないのかって思われるのを嫌がるんだ」
「はぁ……」
どこの石油王の話だろう、と思いながら、私は曖昧に頷く。
「俺は恵ちゃんのしっかりした考え方や、現実的なところが好きだよ。……でも、お願い!」
涼さんはパンと胸の前で手を合わせる。
「毎日こういう事はしない。でも、恵ちゃんの誕生日とか、何かの記念日とかイベントとか、そういう時だけは張り切らせてほしいんだ。金が余ってるから使いたいじゃなくて、大切な人との時間のために、最高の思い出を作りたいから出資させてほしい」
少ししたあと、私は小さく頷いた。
「…………ん、分かりました」
「ありがとう!」
涼さんはパァッと表情を輝かせたあと、私を抱き締めてきた。
「大切にするからね。愛してる」
彼はメイクを崩さないように、ちゅっとエアキスをしたあと、「行こう」と私の手を引いた。
玄関に向かうと、そこにはすでに朝とは違うパンプスが置かれてある。
レッドソールのやつは、さすがに知ってる。ルブタンだ。
シンプルな黒いパンプスだけど、あんまり高いヒールだと私が歩けなくなるのを分かってか、思っていたより低めのヒールで安心した。
「履かせてあげるから、そこ座って」
涼さんに言われ、私は玄関にある革張りのソファに腰かける。
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