少し肌寒くて透明な夜
「約束。ね!」
というたった数文字の言葉。
これから話すのはそんな儚く散ってしまった
僕達の交わした筈の約束の譚
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
─大丈夫、ですか?
きっと初めて交わしたのはそんな言葉だった気がする。
雑音しか聞こえない雨の日に
山の奥に静かに建っていた神社で
服も顔も靴も
全部ぐしゃぐしゃで
ただ分かるのは
─泣いてたんですか?
と、尋ねてしまう程
目を赤く腫らしていた事
「ぁ、だ、大丈夫!!です!」
猫のように翻って柔らかに笑う君に
不覚にも同情してしまった
─境内、入って下さい
そう唆して
君が雨で濡れない様屋根の下へ連れた。
『ありがとうござい、ます、』
白と碧の巫女服で身を包んだ
白髪の男性とも女性ともつかない顔の
男性にしては高く
女性にしては低い声のその人は
1人泣いていた私の手を引いて
何も聞かず雨宿りさせてくれた
今考えれば可笑しな話だ
困ったような心配したような
はたまた焦ったような
眉尻を下げて目が合うと少し笑いかけてきて
にしても、
こんな人前まで居たっけ
『……』
咄嗟に手を引いたはいいものの
喉から出す言葉が見つからない。
そんな重い空気は雨のせいにしてただ晴れるのを待った
『ぁ、』
「雨止んだ、!」
ノイズの音量が下がり空にかかった黒い幕もあげられた頃
子供のように隣で君がはしゃいだ。
『良かったですね』
返さなくてもいい言葉をふっと零す
すると君の顔も空と同じように晴れた
「うん!」
君を
─もっと知りたい。
と思ったけれど
-雨-はそれを許してはくれなかった
『…さぁそろそろ日が完全に暮れてしまぃすよ』
『早くお帰り下さい』
そう僕は少し急かして君を見送った
この手が君に届けば─。
『あっ、名前、聞いてなかった、、』
あんな事があって暫く経った日
ふと思い出した
『まぁ、いっか、』
きっと
- ト モ ダ チ -
という関係すら僕は持てないのだから
少し苦しい胸を抱えて空を眺めていた
暫くして目を落とすと
横には黒い髪を風に揺すられるまま流す君が居た
『ぅおわっ?!』
思わず後ろに仰け反って声が出てしまった
「……っ、く、あははっ!」
くしゃりとした顔で思いっきり笑う君を見て
僕は惹かれてしまったんだと思う
『ぃ、い、いつから其処に、?!』
「んーとねー、ちょっと前、かな!」
無邪気ないたずらっ子の笑顔を浮かべて
──────。
「ん、あ!わらった!」
『……へっ、?!』
体の端々に血が昇る感覚がした
咄嗟に顔を手で覆う様に隠す
「ふん、可愛いじゃん」
にやり という効果音が物凄く似合う顔でこちらを覗き込む
『……辞めてください、、』
つい顔を背けてしまう、
「あ、っ 時間だ、行かなきゃ!またね!」
そう言って君は駆け出した
と 思ったらいきなり踵を返して此方へ駆けてきた
「ね!名前、聞いてなかった!」
「歳は、同い年っぽいからタメ口使ってたけど、」
ためぐち、を使っていたからか少し決まりの悪そうな顔をして
「名前、聞いてもいい、 ですか?」
と 一言
名前を聞かれる等考えてもいなかった
『僕は、』
────────。
「そっ、か」
「私は杦薙 絃」
絃。
名前に相応しいような優しい笑い方でそう言った
「じゃあ、改めてよろしく!」
そういってまた敷地から出ようとする君に
口をついて出ただけ。
ただ
─また来てください、!
そう告げた
『……聞こえたかな、』
私は家が嫌いだ。
学校も嫌いだ。
〈何でそんなに何も出来ないの?〉
〈何でそんなモノしか覚えられないの?〉
〈全部お前が悪い。〉
全ての音が水の中に居るようにぼやけて頭痛がする
〈調子乗ってるよね〉
〈シンプルに気色悪いくて笑う〉
教室には黒い煙が蛇みたいに蜷局を巻いて
─また来てください
初めて
あんなに優しい
[また。]
という言葉を聞いた
「、またかぁ、今日も行こうかな、!」
〈ほら’また’なんか言ってるよキモー笑〉
〈ヒロイン気取りで草〉
そんな言葉は気にしないフリをしても
気付かないうちに私に傷を付けていた
さすがに絹の衣が汗を吸うて重くなる程
夏も深まってきた頃
「いつも此処に一人で寂しくないの?」
と
君が僕に問うた
『寂しい、うぅん、考えた事も有りません、 』
寂しいなんて
とうの昔に忘れてしまっていた
「んー、」
鼻で返事を返した後に君は
「ねぇそういえばその敬語なしにしよーよ! 」
といきなり言い出した
『っえ、?』
「だって毎日私は此処に来て貴方と喋ってるのになんか悲しいじゃん」
薄紅の唇を尖らせて君はそう言い出した
親に見放された仔犬のような君
『んんー、、』
『まぁ、考えてみます』
多分
少し眉を下げだせいだと思う
「そっか、ごめん、」
そう謝らせてしまった
『ぁ、すみません、別に嫌とかじゃなくて、!!』
慌てて訂正したけれど
その日は少し悲しげな顔をして君は帰路についてしまった
その時点で僕は異変に気づけなかった。
「はぁーあ、」
“また”やっちゃったかな
「~~~!!」
枕に顔を押付けて鼻腔で叫ぶ
「…明日ちゃんとまたはなそ、」
そう決意を呟いて
浅く暗い眠りに落ちた
最後に悲しそうな顔をさせてしまってから
もう何回も日が昇り沈んで行った
『なんかまずいことしちゃったかなぁ、』
そう自分の行動を悔いては
閑散として色の褪せた鳥居の下で
西に流れゆく星をただ眺めて行った。
君が神社に訪れてきてくれたのは
夏も深まり
8時を過ぎてやっと空が茜色に染まるようになった時期だった
その日君が来たのは
辺り一面紺色の影を孕んで
外出するのですら危ないような夜が更けきった頃だった
とさっ
そう静かに、でも異様に草気が揺れる音がした
慌てて音の方向に駆けていくと
『ッ、絃さん、?』
部分部分変色した四肢の
今まで毎日見ていたヒトが倒れていた
「ぁ、名前呼んでくれたー」
また にへらと笑う君を見て
微笑みを返す気にもなれなかった
『こ、こんな時間に制服姿で、その手足、』
何を見た訳でもない
僕は君の何も知らない
けれど恐怖で声が上擦った
『ど、どうしたんですか、!』
君はバツの悪そうな顔をして
「えへ、ちょっとくらすめーとと親にね、」
多分普通の人には何ら変わりのないように聞こえるけれど
確かに喉が締まって出しにくそうな声で
そう言った
『なんで相談してくれなかったんですか』
そこまで言うと
目に大粒の涙を溜めて
ぐしゃぐしゃに泣き出してしまった
「ごめん、なさい、 」
鳥も
狼も
熊も
虫でさえ
眠りこけている静かな山に
君の声と木々の間を吹き抜ける音だけが響いた
僕と
木々と
空に浮かんでいる小さな灯篭だけが聞いていた
少し間が経って
でも少し嘔吐きながら
今までの事を君は話してくれた
少しの言葉でも自分は気にしてしまうこと
クラスメイトに少し虐められているー気がするー事
家に帰っても
学校へ行っても
どこにも居場所が無い事
そして今日は家から逃げてきた事
全て話し終えてまた君は泣いてしまった
『全部、話してくれてありがとうございます 』
『、、じゃあ、僕の秘密も教えてあげます』
一息ついて、君は此方を見た
『僕は』
─人間じゃないです。
だから
──────── 。
と言ったのだと
大嫌いな名前を
君には名乗りたくなかった
とうに忘れてしまったつもりでいたかったから
「じゃあ、」
「私が死ぬ迄は私の好きな名前で呼ばせて」
「その名前を名乗って、欲しい」
驚くより
怖がるより
先に
─名を付けさせて欲しい
、と
そう君は確かに言った
『、良いですよ』
そう言うと君は
遊び相手を見つけた仔犬のような笑顔で
「じゃあ、私の好きな色を合わせて」
水縹 詩亜水縹 詩亜
青くて透明で
明るくて褪せている
そんな色の名前をくれた
『みはなだ、しあん、?』
「そ!私が付けた名前!ちゃんと使ってね?」
『分かりました。では─』
そんな言ノ葉を君と交わした
それからは思い出せない程
沢山の他愛の無い会話をした
日が昇って
瞼が力を無くしそうになるまで笑いあって
「やくそく、ゆびきりしよ」
と ふにゃりとした声で君は言った
『指切り、ですか』
僕は躊躇った
[神ハ ヒトノ子 と触レ合ウ事ヲ禁ズ]
そんないつの日にか脳に刻まれた言葉が頭の中で熱を持った
でも
嫌な予感がした
だから
『良いですよ。ほら小指出してください 』
ゆ ー び き ー り げ ー ん ま ん
嘘 つ い た ら 針 千 本
の ー ま す
指 切 っ た。
これからは少し忙しくなるから会えなくなるかもと
長い睫毛を下へ向けてそう告げた君を
明朝に帰した
─かえしてしまった
数日して
絃は死んだ
僕が
殺した
それが良かった
それで良かった
その日は初めから様子がおかしかった
でも気付かない振りをした
振りをしなければと思った
結果なんて知っていた
どうなるかなんて空の雲から聞いていた
でも
それでも
。
呼吸が浅くなっている君に
見せたい物がある
と
せめて最後くらい
最期くらい
思い出をと
“僕の神社”が建っている山のてっぺんで
今日は星を見よう
なんて
そうほざいて
てっぺんに着いた頃
絃は
ー私ね
ー多分もうすぐで死ぬんだぁ
そう笑顔で告げてきた
そんなの知ってる
なんなら
絃が“立派な虐め”に遭っていた事も
親から愛の裏返しの行為を受けていた事も
生まれた時から
心臓が普通の人より脆いことも
だって
だっ 、 て
「なぁに、泣いてるの?」
気付かないうちに視界が歪んでいた
多分
絃の身体は
山を登っている時点で限界だったと思う
「し、あー、」
浅く速い呼吸を繰り返しながら
「私、しにたく ないよぉ、」
そう
笑ってしゃくり上がった声で言う
もう
苦しむ君を見たくなかった
『絃、 さん』
『小さい頃、此処の神社に一度迷い込んだの、覚えてますか』
全て話そう
僕も
ちゃんと
『僕はこの神社にずっと独りでいました』
『そんな時にヒトノ子が迷い込んできた僕は興味本位で』
『このコの守護をしようと思ったんです。 』
でも
─いままで、守れなくて、すみません
そう言おうとした
瞬間に
「しぁ、が、私のこと、 護ってくれてた、の?
うれしい」
そうやって
笑ってくれた
その笑顔が
僕はとてつもなく苦しそうに見えた
『ほんとに、すみません、』
そこ迄言うと
君は笑って
「ほら、良いよ。今迄ありがと」
全てお見通しという顔で
腰にいつも指していた小刀をそっと僕から取って
握らせてきた
「ふふ、守護しなきゃいけない人からの大事な願いは、ちゃんと叶えてよ」
そういった君の
伝えたい事などすぐにわかった。
『また、彼の世で逢えると良いですね。』
いや
『「約束、ね。」』
口付けを交わして
空がそろそろ泣き始めた頃
僕は君へナイフを押し付けた。
。 ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ ┈ 。
コメント
14件
「 水色に白の巫女服 」とプロフィの1番上の言葉と似たよーなのから しーしゃの話かなーとか思ってたけどビンゴだった その絃ちゃん私にくれませんかね💦 ごめ 寝起きで漢字ミスってるかもだけど お前のも綺麗じゃん 褒めるばっかりじゃなくて自信持てよ 私はこーゆー短い言葉繋ぎ合わせたり 独特な世界観だったりがするする頭の中に入ってきて理解しやすいから好きだよ しーしゃくん好き やもやもも好きです
URLから飛んできましたがあってますか!!!!! お話の内容好きすぎる-!!!!!! 情景とか人物の行動がめっちゃ分かりやすくてするする内容入ってくる✨️
コメント…失礼します……! 詩亜さんの物語 思わず,読み惚れてしまいました… …これ程にまで純粋で 綺麗な物語を読んだ事がありません… 凄く凄く好きです……!