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「…………………」
「…………………」
重苦しいほどに沈黙が続く。
今、応接間で対面しているのは『囚人』ルカ・バルサーと『魔導師』リリン・スペラードだ。
「………すまないが、私はキミに見覚えがないんだ」
「……………」
きっぱりと言われてしまい、リリンは少しだけ、悲しそうな顔を見せた。それでも、ただ彼のことが、ルカのことが愛おしくてたまらない、そんな表情だ。
「…………そうですか。急にお呼びたてして申し訳ありませんでした」
「いいや、キミの中にある突っかかりが取れたのであればいい」
かた、と立ち上がって去っていく。その後ろ姿は、あの頃と変わっていない。変わったことといえば、服装と、首に下げられた重苦しい首枷だろう。
「………ルーカスが幸せなら、それでいいよ」
彼に聞かれていれば嫌な顔をされただろう。彼は、今この名前で呼ばれることを好まない。嫌ってすらいるからだ。
あの日、あの事故現場にいたのは、彼らだけではなかった。ただ落ち着いて欲しいと飲みものを淹れに行こうとしていた彼女も近くにいたのだ。
あの日、なにが起こったのか明確には覚えていない。だけど、重傷を負っていたはずのルカが、『彼女を助けておくれ、部屋の近くにいたはずなんだ』、そう言っていることだけは鮮明に覚えている。
なにがあってああなってしまったのかはわからない。事故の後遺症なのだろうか。
「……ねぇ、ルーカス。私はいつでも待ってるよ。ここで、ずぅっと……」
閉められた扉を見つめるリリンの瞳には、優しくも悲しげな色が浮かんでいる。伸ばした手は虚しく空を切り、温もりに触れることなく戻される。
(もうダメなのかな。あの頃みたいに…笑って話せるような関係には戻れないのかな…)
「リリンさん、大丈夫なの!ルカさんはきっと照れているだけなの!」
そう元気付けてくれているのは『庭師』のエマ・ウッズ。
「ありがとう、エマさん。だけれどね……。ルーカス……いいえ、ルカは嘘をつくような人ではないの。だから…ルカが見覚えがないというのなら…本当に見覚えがないのだわ。これだけは、はっきりと断言できてしまうのよ」
「そ、そうなの……」
「エマさん、そんな顔をしないで。エマさんは悪くないもの」
「で、でも…!」
「元気付けようとしての言葉だったのでしょう?感謝はあれど、責めることなんてないわ」
「リリンさんは優しいなの……」
「その気遣い、とても嬉しいわ」
ふ、と小さく微笑むと、それを見逃さずにエマも笑った。
「リリンさん笑ったなの!」
「あははっ…!エマさんの明るさに釣られて自然と笑顔になってしまいますね…!」
薄暗かった部屋に、光が差し込む。
降っていた雨がやんで、晴れ間が見えている。
薄いカーテン越しに柔らかな陽が差し込み、応接間に残る2人を淡く照らし出している。
(……これから、どうしましょう…)