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「写真立て?」
さっきまで鷹也の姿をしてトイレに立っていたはずなのに、突然また自宅に戻って何故かひなの写真立てを持っていた。
「やっぱり夢? 私が鷹也になるなんて、あり得ないわよね……」
愛しい我が子の写真を眺める。
どの瞬間を切り取っても可愛くて、愛おしい。
ひなは幸いなことに、私によく似ていた。だから何度か鷹也に会ったことのある祖母も、ひなの父親が鷹也だとは気づかなかった。
鷹也とはあれから一度も会っていない。商社に勤めていた鷹也は、あの一夜の翌日ロサンゼルスへ旅立ったはずだ。
鷹也の傍にはまだ光希さんがいた。そのことに気づいた私は、金輪際連絡を取らないつもりで連絡先をブロックしたままだった。
あれが最後。本当に過去にしないと……そう思っていた矢先、妊娠が発覚した。
この子を諦めることは出来ない。鷹也には知らせず、一人で産んで育てようと決心し、私は鷹也と繋がるような可能性のあるものを一切排除することにした。
まずは会社を辞めて他県の会社に転職したと、嘘の情報を高校時代の友達に流した。その後、メッセージアプリのアカウントを削除したのだ。
高校時代の友人は全てメッセージアプリで繋がっている。だからアカウントを削除し、アプリごと消した。もちろん念の為、携帯番号も変える。以降高校時代の友人とは一切連絡を取っていない。
元々、SNSを使って自らの情報を発信する類いのことを一切してこなかった私。個人情報が守られている現代では、メッセージアプリのアカウントさえ消してしまえば、意外と過去を絶つことは容易だった。
もし鷹也が私に連絡をとりたくなったとしたら、最終手段として父の工務店を訪れることは出来たはず。でも今のところ、そういったことはない。
そこまでして私に会おうとは思っていないということだ。いや、もうすっかり忘れているかもしれない。
海外研修は3年だと言っていた。あれから4年。私たちは今年29歳になる。ひょっとしたら鷹也ももうあの人と結婚しているかもしれない……。
それにしても――――祖母の葬儀で疲れていたとはいえ、変な夢を見た。
私が男の人になるとか、それもその男の人が鷹也だとか、ファンタジーじゃないんだからあり得ないって。
私は余計なことを考えずに、早々にベッドへ入ることにした。
その日はまた変な夢を見るのかと思われたが、全く夢など見ず、ひなに起こされるまでぐっすり眠ることができた。
◇ ◇ ◇
忌引き3日目。
私はいつも通り朝からひなを保育園に預け、祖母の遺品整理をすることにした。
祖母の部屋に入り整理を始めようとしたが、すぐに手が止まってしまう。
どれをとっても大切な祖母の思い出だと思うと手が付けられないのだ。
そこで私は叔母にヘルプの電話を入れた。
叔母ならきっと私より思い切って整理してくれるだろうと期待して。
昼ご飯にお弁当を買って来てくれた叔母と、食べながら相談をする。
「衣装ケース一つ分だけ残すことにしましょう。そこに収まらないものは、もう思い切って処分しなきゃね」
なるほど。遺品整理も整理整頓の基本を守るってことね。
叔母が来てくれたことによって大幅に効率が上がり、午後4時には遺すものが決定した。玄関にはゴミ袋がいくつも積み重ねられている。
「すごい数ね……。これ一人で運べる? 夜にでも大輝に来させようか?」
「あとで悠太に来てもらうわ。あの子、もう私より大きいし。結構力持ちなのよ」
「ああ、悠ちゃんが来てくれるのなら大丈夫ね」
ゴミ袋の山から、衣装ケースに目を向けると、祖母の遺品がぴったりと収まっている。その半分くらいはアルバムだった。
「そういえばさっき、おばあちゃんの若い頃のアルバムがあったことに驚いたわ」
「あら、見たことなかったの? まだ写真がセピア色の頃よね。…………これこれ」
そう言って、叔母が一冊のアルバムを取り上げた。それはアルバムというよりは、スクラップブックに近い物だった。紙に糊で写真を貼り付けただけのアルバムだ。
「おばあちゃん、綺麗だったのよー。いつもおしゃれで、自慢のお母さんだった」
「うん……おばあちゃん美人だったよね」
アルバムには、若かりし頃の祖母の写真が貼ってあった。まるで女優さんのようだ。
「あ、この人」
「え?」
「この人がね、おばあちゃんの初恋の人よ」
「おばあちゃんの初恋の人⁉」
「昔こっそり教えてくれたの。大きなお寺の息子さんでね……」
「ひょっとして、藤嗣寺?」
「そうそう! そこの跡継ぎだった人よ」
祖母が亡くなる直前に行ったお寺だ。
幼馴染に会ったって言ってた……。
「おばあちゃん、亡くなる直前にその藤嗣寺に行ってたのよ。花まつりで縁日が出ていた日だった」
「花まつり……本当に直前ね。おばあちゃんね、そのお寺の跡継ぎだった人と幼馴染みだったの。小さい頃からお互い好きだったそうなんだけど、あちらには許嫁がいて……」
「許嫁……」
……あまり聞きたくない言葉だわ。
「昔でしょう? 大きなお寺の跡継ぎなんだから、許嫁がいてもおかしくないわ。だから結局一緒にはなれなかったそうなの」
「……」
おばあちゃんの初恋。聞いたことなかったなぁ……。
ずっと一緒に暮らしていたのに、もっといろんな話をしておけばよかった。
「素敵な人ね……」
作務衣を着たその人は高潔さを感じる。
「本当ね。娘の私から見ても美男美女のカップルに見えるわ。あ、もちろんお父さんだって結構イケてたのよ?」
「フフフ……知ってる。おじいちゃん、昔の人なのに背が高くてイケてた」
祖父が亡くなったのは小学校の頃。もうおぼろげだけど、それでも和久井の棟梁らしく、背が高くて格好良かったのを覚えている。
でも、この写真の人も同じくらい背が高そうだわ。どこかで見たことがあるような……。気のせいか。
ほんの一瞬、既視感が私を襲ったけれど、どうしてそう思ったのかどうしてもわからなかった。
「さあ、そろそろ帰るわ。杏子もひなちゃんのお迎えでしょう?」
「うん。でも今日は知美さんが行ってくれることになっているの。こっちの整理がどれくらいかかるかわからなかったから」
「そうなの? じゃあちょっと休みなさい。杏子もおばあちゃんの最期からずっと気の張りっぱなしで疲れたでしょう。一時間も寝られないかもしれないけれど、少しゆっくりしたら?」
「叔母さん……ありがとう。私は大丈夫だよ」
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