叔母が帰った後、入れ替わりのように悠太がやってきた。
やっぱりゆっくりする時間なんて私にはないようだ。
「杏子ー、腹減ったー!」
「えー? おやつってひなのビスケットしかないんだけど」
ひなのお菓子は悠太にとって物足りないだろう。
「カップ麺ないの?」
「ああ、そっち系か……。あんた、抜かりないわね」
「へへっ! ばーちゃんが買い置きしてくれていたはずなんだけど?」
お菓子では物足りない悠太は、ここに来てはおばあちゃんにカップ麺を食べさせてもらっていた。家では知美さんがカップ麺を禁止しているからだ。
もちろん、知美さんはお腹が減っていればおにぎりやサンドウィッチなどの軽食をちゃんと用意してくれるとってもいいお母さんなんだけどね。でも悠太はジャンクな物が食べたくなるお年頃なのだ。
「6時になったらゴミ袋運んでよ?」
「わかってるって」
商談は成立したので、私は悠太のためにカップ麺を作ることにした。
悠太が食べている間に、晩ご飯の支度をする。といっても今日は買い物ができていないから、冷凍しているご飯で簡単にオムライスを作るだけなんだけど。
「オムライスも食いたい」
「ダメよ。知美さんが晩ご飯の支度しているはずでしょう? 食べられなくなっちゃうじゃない」
「えー! 食べられるに決まってるじゃん! 小6男子なめんなよー」
底なしだわ、こいつ……。まあ、育ち盛りだもんね。
「でもダメ。もう冷凍のご飯ないから。また今度ね」
「杏子のけちー」
「……カップ麺のこと、知美さんに言うわよ」
姉にケチとはなんだ。弱みを握っているのはこっちなんだから、という意味を込めて脅しておく。
「ぜ、絶対言うなよ? 母さん、おーがにっくってやつに凝っててうるさいんだからな!」
「じゃあいい子にしてなさい」
「……」
思いっきり口を尖らせているが、私が知美さんに言いつけるなんて本気で思っているのかしら?
バレたら私も怒られちゃうんだから言うわけないのに。ほんと、バカ……。
「……なぁ、あれってどんぐり飴?」
悠太が昨日見つけたどんぐり飴に興味を示した。
「あ、うん……」
「一個ちょうだい!」
「え」
「どんぐり飴くらいで晩ご飯食べられなくなったりしないよ」
いや、そういう意味じゃないんだけど。
昨日は、このどんぐり飴を食べてから、おかしくなったからなんだけど。
起きていながら変な夢を見ちゃうし……。私が鷹也になっちゃうなんてありえないような夢。
それにしてもリアルな夢だったわ。
本当はもう一度試してみたいと思っていたんだけど、また変なことになったらと思うと勇気が出なかったのだ。
それなのに、悠太にこの飴を食べさせるなんて、そんな危険なことできないわよ。
ところが、私が一瞬考え事をしている間に、悠太はもう口の中にどんぐり飴を放り込もうとしていた。
「あ、ちょっと――!」
「……んぐ、なに……」
「いや、その……」
食べちゃった!
あれ? 悠太、なんともない?
「なんか、変なことない?」
「何が?」
やっぱり普通だ。なんともないみたい。考えすぎだったのかな、どんぐり飴が原因なんて……。
やっぱりあれは白昼夢みたいなものだったんだわ。
「……なんでもない。それ何味?」
「コーラ、だな。茶色だったし」
「そう……」
なんだ、安心した。
今日も朝から、何度も何度もどんぐり飴を眺めては、原因はコレだろうか……って考えたけど、取り越し苦労だったのね。
でも、どうして私、鷹也になる夢なんて見たのかしら……。鷹也の夢を見るだけならまだしも、私自身が鷹也になるなんて、夢にしてもおかしくない?
「これどうしたの? ひなが食べられるサイズじゃないし」
「ああ、それね、おばあちゃんが亡くなる直前に縁日で買ってきてくれたの」
「えー! なんだよ、杏子だけズルい。普通は孫二人に同じもの買わないか?」
たしかに……。しかもどんぐり飴のお土産って悠太の方が年齢的には合ってるわよね。
「知美さんに怒られそうだからない? 虫歯になるって言われそう。きっとうちに来た時に一緒に食べたらいいと思ってたのよ、おばあちゃん」
「チェッ……それだ、間違いない。じゃあおれにも権利があるってことで、もう1個もらおっと」
「ええっ? もう噛んじゃったの?」
「普通だろ? 次は……グレープかなー」
悠太が瓶を振って、紫の飴を瓶の下の方から掘り返している。
すぐに噛んでしまうところはひなとそっくりだわ。
私は呆れながら年の離れた弟を眺めていた。